とく、とく、と刻まれる温かい音に、顔を埋める。
耳や頬を包む黒いシャツから香るのは、
大嫌いな煙草の匂いだ。
「どうした、坊や。」
頭上からかけられたその声は、
奴の身体越しに、直接響いてくる。
とく、とく、というリズムの中で、
言葉は、水が描く輪のように、わんわんと広がって、
溶けて 染みて 消えてしまう。
それすらも何故かやるせない気がして、
私は小さく頭を振った。
「なんでも、ない。」
ようやく開いた口からは、
掠れた声しか出てくれない。
(それを酷く惨めだと思ってしまうことが惨めだ・・・!)
ああ、主よ。
此の様に惨めで哀れで要するに弱い(権力的・力的意味では無く、精神的なこの場合嫌悪的意味の最たるものとする)自分を、
一番見せてはいけない見せられない見せたくない見てほしくない其の男の目の前で、
此の身体二つ分の距離すらも、もどかしいなどと想いながら、
其のあたたかな、とく、とく、というリズムにひたすら耳を傾けているのは、何故なのですか。
「わからないんです。」
思い出すのは、あの淡い桃色の瞳をした彼の、言葉だ。
何故なのですか。
何故なのですか。
私が、
未来を懼れる、ただ一つの其の理由が、此の男である、なんて・・・!
奴の手が、あやすように、
私の髪を梳いている。
ぼんやりと、鼻の奥を突くような、
この匂いが移ってしまったら嫌だな、と、思った。
(銘柄の名前は、何だった、だろう。)
あたたかな掌の感触と、同じ色の、其のリズム。
見上げれば、
その紅蓮を奥底に秘めた、め、が、
其処に在る。
わたしは 生きて いるんだ。
私は、ゆるりと笑ってみせた。
「ただの、例え話なんだ。」
今 は、 未 だ 。
021,空虚な例え話。
〜05,01,26