既視感。







其れは酷く強烈な色だった。



私の目の前に立っている少年は、
履き古したジーンズに、動き易そうな長袖のシャツを肘まで捲くり、
健康的に日焼けした腕を日の下に晒しながら、私を見つめたまま動かない。

陽光を吸いこむ黒髪が風に揺れ、きらきらと栗色に光る柔らかい色は、
五月の若葉が日に透ける様によく似ていた。


其れは、少年、であった。


文字通り、足先から髪の先に至るまで、
全ての情報がそう告げている。


それなのに、


私は、
その興味深そうにこちらを覗く、逆光で黒く煌くその瞳を見つめたまま、

恐ろしい、有り得ないほどに、恐ろしい、


既視感に襲われて、いた。




少年が、ゆっくりと瞬く。




私は一体どうしたというのだ、一瞬前まで私は闘っていたはずだ何時も通りに剣を振るっていたはずだ。
あの緑のギターを掻き鳴らす女と対峙していたはずだ、

どこまでもひろがる不可思議な赤い赤い赤い空間で私はたたかっていたんだそれなのに!



いま、私の視界に入るのは、
何処かの路地裏、にいるのか、それに切り取られた、けれど美しい鮮明な青空。
自分の五体満足でいるらしい身体
(そして封雷剣の柄の感触)
それから、


この、少年。


私の心臓が嫌というほど駆動しながら、嫌な汗を分泌して、私の背中をつ、と辿る。
ひどく、
ひどく、喉が渇いている。


既視感の塊はいよいよ疑惑と確信をぐるぐると掻き回し混ぜ込んで垂れ流し。


不振気に寄せられたその眉の、なんと、


なんと、にている、こと、か、!




「あんた、誰だ、?」




やや警戒を含んだ少年のその声に、
、ああ、この頃は未だ、声変わりしていなかったんだ、と、

当たり前かもしれないそれがなんだか可笑しくて、
少しだけ噴き出しそうになった私に、



、しょうねん、は、やはり、
“今”とおんなじに、かおをゆがめて、



座り込んだままの私に、手を、差し伸べた。


















こいつは、異国の人間らしかった。


口にする英語は流暢だったが、何処か癖のあるそれは、
フランスから引っ越してきたというクラスメイトの口調を思い出させる。


、喧嘩、でもしたのか、
白い
…軍服、にしては絵本に出てくる十字軍か何かのようだ、服に傷と埃を所々に散らして、

剣みたいな小道具(みたいな武器、かもしれない)に、
ち、みたいな汚れが付いてるのは見ない振りをする。
あの辺りは柄の悪い連中が多いから、はくじんだのこくじんだのと、事件が絶えない。
そしてこいつはこれでそいつらをきったのかもしれないけど、おれはかんけいないからけいさつになんかいわれてもだいじょうぶだ。
でも、もしもこいつが本当にそんな事をした後で、こんな涼しい顔して俺の隣を歩いているのだとしたら、それは本当に恐ろしいことだと思ったけど、
多分それはただの俺の恐ろしい妄想だと思ったからだいじょうぶだ。勘だ。
その白人はやたら無駄に長い足で、隣の俺に歩調を合わせて歩いていた。

年齢は、20代、半ば?だろうか。
あんな色がどうやって生えてくるのかわからない金の髪を、サラサラと揺らして、(本当に音がしていると思う。)
その隙間で長いおなじ色をした睫からのぞく、あおいめ、は、確かにきれいな色をしているのだが。

さっきから大通りを歩くおんなたちが、面白いくらいにこっちに見惚れるような、
(そして当の本人はさっぱり気付いてない様子。)(…マジかよ。)
文字通りの、甘いマスク。

明らかにおかしいその格好に、人形みたいに整ったパーツが、
余りにもこの俺が生まれ育ったアメリカのド田舎然とした背景から浮いていて似合い過ぎてきもちがわるい。

(ぜってーパリコレでアルマーニだコイツ。)

俺は、とりあえずムカついたので、フランスはきらいではなかったけど、
まるでこの景色を見たことが無いみたいに、(けれど一応おとならしいので、)控えめにキョロキョロと視線をめぐらせるこいつに、
胸中で密かに(よくわからん単語で)毒付いておくに抑えた。


「あんた、祭に出るんだろ?」


、その仮装、十字軍かなんかか?
会話も無いのでそう問えば、そいつは、きょとんとした顔で逆に俺の顔を見る。
驚いたように見開かれたあおいめといっしょに、ぱ、と散った金髪が、きらきらと風に透けてきれいだ。(なんだこいつマジウゼェ。)


ぱたぱたと、きれいに二回まばたきをして“わかりません”と顔に書いてあるこいつの、
この白くてひらひらして、青い十字架なんかを胸に掲げて、ついでに騎士よろしく剣なんかまで引っ提げたこの格好が、

色とりどりのリースやフラッグやランタンをぶらさげる家々と、
道端を準備に追われて足早に移動する、派手な山車やピエロや妖精や、何やらの仮装した連中と。

一体そうで無いというならば、一体なんだというんだ?
(アレか?頭のネジがどっか行っちゃったちょっとしたMr.クレイジーか?)


この時期は、外人が多い。


特に、祭を見るのではなく参加する側に雇われたりとか、そんな場合なもんだから、
いろいろとそういうトラブルが後を絶たない。

今回のこいつだって、てっきり道迷って喧嘩ふっかけられてボコられたか、(或いは逆か、)
とにかくそんな優男だと思ったから、
祭の本部に連れていってやれば、なんとかなるかと思っていたのに。



「おい、じゃあアンタ一体…――」

「…何サボってるんだよ、アンタって子、は!!!」


ごッ!



目の前にしらねーやつが居るとか居ねえとか関係なく、
いつものように頭蓋骨にわんわんと響くこの衝撃は、間違いなく…、


「ってーーーな!!!何すんだよ、クソババァ!!!」


痛む後頭部を抑えて、叫びながら振り向けば、
両手を腰にあてて、こちらを見下ろす、ひとりの、おんな。


「馬鹿言ってんじゃないよ、クソガキが!!!」


、祭の手伝いもしないで、何処ほっつき歩いて…
と、永遠に続きそうだった、お小言が段々と消えていく。


その視線が、ようやっと、
困ったような顔をして立っていた、そいつを見つけて、固まった。
(ちょっと面白い。)


「あ、あら、ええと…お知り合い、かしら?」


普段より一オクターブも高いその声で、
いつものパワーで俺を肘で小突くそれにげんなりとしながら、
俺はただ、まいご、と答える。

だがこのクソババアは更に、アラアラ大変、ですわね!、とかなんとか言って、
顔なんか赤らめたりして、やっぱり困った顔したでっけーまいご、へと近寄った。(マジキモい。)

こいつもこいつだ。
“どちらの町会の山車に?というか、おいくつなんですか?”なんて聞かれて、“…はぁ、”ってなんだよ。
、“…はぁ”、じゃねぇだろ、とりあえず逆ナンだぞコレ。なんかいろいろと否定しとけよ。




っていうか、

なんで俺こんな見知らぬにんげん(しかも野郎)、ひろってきてんだろ。




今は、困った形に寄せられた眉と、こちらに助けを求めるっぽくちらちら見る目が、
あの路地裏で、おれを見た、とき。

おれは、

一瞬前まで見上げていた今日のそらみたいな色した、そのめ、に、

なんだかよくわからないおもいで、
いつのまにか、


てを、差し出して、いたんだ。




なにかに、よばれるような、おもい、だった。









「…あ、いえ、…まだこちらに、来たばかりで、迷ってしまいまして、」


、それで、彼に助けて頂いたんです、

慌ててそう出任せを吐けば、(でも嘘では無い、)(主よお許しください(十字を切る))
少年の母親、(随分と若い、そしてきれいな、じょせいだった。)
(、め、と、はな、の感じがよく、似ている。)は、
まぁ!と高い声でそう言って、
隣で、良くは無い目付きを更に悪くして、
(ああ、今からそんな目をしているから、ああなるんだ!)
不貞腐れたような顔でこちらを見ていた少年に、弾かれたように向かう。


「この馬鹿がご迷惑をお掛けして…!ほら、あんたどうせ失礼なこと言ったんだろ!謝んな!」

「むしろ俺が面倒見てやったんだ、って、いってーーー!!!」


また、ごつん、と痛そうな音が響く街中は、
せわしなく人が流れていたけれど、みなこの風景は見慣れているらしく、
あたたかなめでそれを横目に、あるいはこえをかけながら、わらいながら、あるいていく。

見慣れない建物や、乗り物や、人々や、風景は、
祭に彩られたそれを抜いても、私には余りにも不思議に写るものばかりだった。

しかし、


なんねんたっても、
どんなにじだいがながれても、


せかいが、どんなにかわっても、



かわらない、かわらない、かわらない、ものが、此処に、ある。







「あー、もう!さっさとババァは戻ってろよ!!コイツ、本部に届けてすぐ戻るから!!!」


大声で言いながら、少年がこちらの手を取って走り出す。

背後から、人々の喧騒に混じって彼女の声が聞こえたが、
走りながら、振り向いて会釈をすれば、

諦めたような、しかし笑顔で手を振ってくれている姿が、見えた。
それは間違い無く、我が子を見守るあたたかい母なる目であった。


そのひかりをせなかに受けながら、
ばたばたと足音を立てて、少年は石畳を駆けている。



いつも、

いつもいつもいつも、追いかけていた、あのせなか、が、

こんなにもちいさいなんて、理解できなくて、


けれど、風をきる黒い髪も、すこしとんがった耳も、すじの通った項も、

この手をつかむ、その手の、おんど、も、


すべてが、おなじ、ということが、私を確信させていた。



そうして。


そろそろ大丈夫だと思ったのか、
少し息を弾ませた彼が、背後を確認しようと、こちらを振り返る。


「なに、笑ってんだよ、」


すぐに剣呑な視線で返されたそれに、
私は、やっぱり自分が笑ってしまっていたんだと気付いて、
申し訳無い気持ちになりながらも、更に吹き出してしまった。

彼が、
不機嫌そうに、私の手を握る手に、力をこめる。


「すまない、うれしかった、から。」


素直にそう答えると、
少年は、すこし、驚いたようだった。
(ああ、少年らしい、かおだ。)




そうだ、
私は、うれしい、んだ。


このじだいにも、いつのじだいにも、かわらない其れがあるということが。



そして、

ああそうだ。



、彼、にも、確かに在ったんだ、と。



私のように、世界中のこどもたちと、おなじように、


友人や家族やまちの人々と暮らした、あたたかい、故郷、が。

かぞくと過ごした、しあわせな、時間、が。

すくなくとも。



たとえ、





すくなくとも。






このみらい、ながいながいながいじかんが、かれをどんなに苛もうとも、!






「・・・なに、ないてんだよ、」





、しょうねんの、

しょうねんだったころの、彼、の、こえが、問う。

そのおとがむしょうにいとしくてしにそうにおもうわたしはきっとどうかしている。




「、すま、ない、」




声が掠れて喉が鳴って、支えきれなくなった温度がばたりと両の目から大きく落ちた。

おんどが、あがって、あがってあがってあがって、とうの昔に沸点に達しているはずなのに、
それは蒸発も昇華もせずにぼろぼろと液化して重力に従う。

すまない、すまない、すまない、すまない、すまない、すまない、

こんなにちいさいのに私の手を引いてくれる、
けれど頼りなく弱い弱い弱い、この、て、よ。


わたしは、あなたが、いまもこうかいしているそれを、これから起こるそれを、せかいのひげきを、止めることができないのです。


なにも、できないのです、あなたをすくうことができないのです、そして、



それを、したくはないのです。



そうしなければ、わたしと、あなたは、であうことすら、なかったのだから、!






「、す、ま、ない、っ、」






もうそれ以上何も言えずに、言葉を詰まらせてしまった私に、
何度か、何か言おうとして、そのちいさい口が、開かれて噤まれて開かれて噤まれて。


そうして、しょうねん、は、
やはり、いつものように眉を寄せると、


未だ小さなその手で、私の背を、あやすように、やわらかく叩いた。




こんなにも、

かれのははおやはあたたかく、

かれのこきょうはあたたかく、


かれの、そのては、あたたかい。













夢中になってクソババアから逃げていたら、
いつの間にか、こいつを拾ったところに戻ってきちまったんだけど、

なんかとにかく、いきなりこいつがわらってたり、なきだした、り、して。


おとなってのは、よくわかんねえと思ったんだけど、

なぜか、いやなかんじは、しなかった。
(よくわかんねえけど。)
(とにかくウゼェ。)



そんで、
しばらくたって、ようやくこいつが、すみません、って、
さっきまでの顔に戻ったから、
、あぁ、って適当に返事して。

とりあえず、本部までどうやって行こうかと大通りを覗き込んでいたら、

後ろで、こいつがまた少し笑うんだ。



「ありがとう、世話になってしまったな。」

「、べつに…。つか、お前ほんとに何処の町会だ?俺の知ってるところかも…、」



振り返った俺に、
あおがゆるむ。

だいじょうぶ、じかんが、きたようだから、
そう言われたらしかった。


「…時間?なんだよ、戻らなきゃいけない時間があるなら、さっさと言えば、」


俺だって急いだのに、

言いながら、もう一度こいつの手ひっぱって、走り出そうと、したんだけど・・・









「さよなら、坊や。」










やわらかく、

そう紡がれた音が、耳に絡んで、蕩けて消える。




「子供扱いすんな!!!」




ムッとなって、弾かれたように振り向いた俺が見たのは、


ただの、狭い路地の、景色、だけ、だった。
















ぼんやりと、
何分か、ずっと其処に立っていたのかもしれない。


ざわざわと耳につく人の音と、明日のブラスバンドの予行演習のメロディの中で、

俺は、もしかしたら今のへんなやつは、夢だったんじゃないかとおもったんだけど。




「フレデリック…!!!」




遠くから俺を呼ぶそれに、ぎくりと身を竦ませる。

人の波の向こうから、こちらを睨んで手を振るおんなは、
さっきとおなじで、(いやそれ以上に不機嫌そうで。)

おれは頭の痛くなるおもいで、いまいく、と叫んで、走り出した。

だけど、


からっぽな手に、微かに残った、あいつのおんど。


あのきれいな、あお、がゆるむ瞬間も、やっぱり鮮明で、
俺は、せっかく世話してやったのに、
なまえを聞いてやるのも忘れたな、と思ったんだけど、




、ああいうのは律儀だから、きっといつか、うざいほどに礼を返しにくるに違いない、とおもった、ので。




いい加減、
うるさい母親のために、しっかり働いてやろうと決めて、

更に、石畳を蹴るスピードを、

あげた。















H e l l o , T h a n k s , a n d G o o d b y e .














25.Hello,Thanks,andGoodbye.

フレディじだいに飛び込んだキスク氏の見た、かれのあたたかいじだいと、
かれが呼んだ、ぼうや、が、
その未来で再び、かれに還ってくることを、願って。
、10歳か、そこいら時代を、ゆめみています。
ぜんたいてきに、ゆめをみていますすみません。
※祭という背景設定は、スメラギざちょからアイディアいただきました。多謝!

〜06,09,17