壁をびりびりと震わせるそれは、
当然ながら僕の鼓膜を更に震わせ、
アラートやエラーとは別の頭痛を引き起こしてすらいる。

文字通りの「騒音」
(そう呼ぶことも生温い!)は、
世でいう音楽というそれであるのは間違い無いはずだ。

僕は普段、そんなに聞くようなことはないけれど、
嫌いなわけではけしてない。

それぞれのジャンルに、それぞれの個性。

それらを否定するつもりもまるで無い。


だが。


ゴッ!!

僕が無言で振り下ろした拳が、
びりびりと揺れる壁に微かに跡をつける。


穏やかなティータイム。
自室で彼の淹れてくれた紅茶を、お気に入りのカップで飲みながら、
彼が薦めてくれた本を、読んでなんかみたりして・・・。



そ れ な の に !



突然響き始めたその曲の発生源は、
いつもは空き部屋になっている客室だ。
そしてそれが使われる日を、
残念ながら僕はいつもわかってしまう。
ああ、こんなアラート本当にいらないのに!


だが、
実に迷惑な客人は、先ほどの壁を殴る音も聞こえなかったのか、
それとも、単にシカトしているのか!
一向に音量を下げる気配が無い。


「…あの野郎…。」


低く呟いて、僕は読みかけのページに栞を挟んで椅子を立った。
そして、



ズ、ドン!!!



ばちん、と何かが弾ける音と共に、ぴたりと鳴り止んだ音楽に、
僕は満足して、壁に減り込んだ拳を引き剥がした。

久しぶりに訪れた沈黙に、
いまだに鼓膜は低い音を残していたが、清々しい事には変わり無い。


僕は席に戻り、再び本を開こうと…、



ドッ!!!



騒音どころか衝撃波レベルに上げられた音量に、
僕のながーい勘忍袋の尾も、終に焼き切れた。



「ちょっと!!いい加減にしてよ!!!」



叫びながら廊下へ出ると、
隣の扉も開き、苛立ちに燃え上がる鋼の眼が現れる。


「そのまま返すぜ。針一本イっちまったじゃねぇか。」


針、というのは恐らくレコード再生機のことだろう。
実にどうでもいい。
ばちん、という音は折れた時のそれだったのだろう。
ざまァ見ろ。
押し出すようなその声は怒りに震え、殺気さえにじませていたけれどそんなこと構わない。



「人の家に上がり込んでマナーってものも知らない訳?!このマッチョ野郎!!!」

「テメェの家じゃねえだろうが。キーキーキーキーうるせぇんだよ!」

「非番の日にカイが呼び出されちゃったからって拗ねてんじゃないよ!!バーカ!!!」

「はァ?何語喋ってんだ。バァーーーカ。」

「真似しないでよ!!!ほんっとムカツク!!!!」

「ガキが良い気になってんじゃねぇよ。」

「ガキで悪かったね、クソジジイ!!!!!」

「・・・ぶっ殺す。」



ぱちぱちと音を立てる電気。
ゆらりと陽炎をあげ始めた炎。


二つがぶつかろうとした、

その瞬間。




「いい加減に、しろっ!!」




気合と共に振り下ろされた拳に、
僕も奴も互いに気をとられていたせいか、
見事な一撃を頭に食らう。


「喧嘩は外でしろ!!!」


腰に手をあててそう言い放ったのは、勿論、兄さんで。

夕食の支度を始めたところだったのか、
エプロンをしたままで、
奴を殴った方の手には、フライパンが握られている。
(そういえば、ごいんッ!て凄い音が聞こえていた。)(あっちじゃなくて良かった・・、)
結構な痛みだったのか、奴が恨みがましい目で兄さんを見ている、

が、それに気付くような兄では無い。



「大体なぁ二郎。お前、洗濯物取り入れてきたか?」

「・・・ごめん、未だ・・・、」

「ソル。お前もだ!頼んだ買い物行ってねぇだろ。」

「・・・・・・あぁ。」



僕等の返答に満足したのか、
兄さんは、よし、と頷くと、その眉間の皺を解く。
そして、


「さっきカイから連絡あったぜ。」


階段を降りようとしていた奴と、
ベランダへ向かおうとしていた僕の足を止めて、

兄さんが笑う。



「今日は、夕飯までに帰れるってよ。」



だから、さっさと終わらせよう。



その言葉に、
反論などあるはずも無く。






今日も僕等は、

028,ヒステリック
彼をあたたかい、

食卓で待つ。