「来てくれ。」
その一言で連れ出された場所は、
使い慣れない艇や列車に、何時間も揺られて、
ようやく辿り着いたようだった。
鮮やかに広がる葡萄畑の中に、
ぽつぽつと見える屋根たち。
ちいさな家。
ちいさな店。
ちいさな教会。
其処は、
ほんとうに、ちいさな村だった。
何処へ行くのか。
だが彼は、始終口を噤んだまま。
彼も慣れていないのか(けれど初めてでは無いようだった)
辺りを見回しながら、村を進み、
ようやく花屋らしき店を見つけると、
俺を外で待たせ、ひとつだけ、花束を買う。
そこからも、ただ、ゆっくりと歩いた。
鮮やかな青空に映える葡萄畑の緑と、霞む山々。
それは、いつか何処かで見た事があったような気がしたのだが、
(こんな平和な景色なんて、縁の無い代物であるのに。)
半歩、左斜め前を進む彼を見る。
てっきり何か厄介事に巻き込まれるのだと思っていたのに、
今日の彼は、私服であった。
(=公務では無いらしい。)
益々訳の分からない思いに駆られたが、
考えても分からない事は、仕方が無い。
俺はただ、
葡萄の熟れた匂いと、
何処かから触れる、潮、の匂いと、
少し冷たい北風に冬の匂いを感じながら、
二人分のブーツが立てる靴音を聞いていた。
ようやく彼が、その足を止めたのは、
波音すら聞こえる、崖の裾でのことだった。
崖下から吹き上げる風が、
俺の髪を、彼の上着を靡かせて視界に五月蝿い。
彼が膝を折って、
小さな石の山。
それは子供の悪戯のように、だが、
薄らと苔の見えるほどに雨風に晒されても、
動いた気配の無いそれは、
小さな子供が、
必死に積み重ねたそれにも見え。
彼が、振り返る。
「私の、両親です。」
俺はゆっくりと脚を前へ進め、
ただ、
彼の横に並んだ。
31. 「 だ か ら も う 後 悔 し な い よ 」
此の景色を創り出したのが、俺なのだと俺は知っている。/あの景色を創り出したのが、彼なのだと私は知っています。
//それでも俺は/私は/業=過去ではなく、未来へ歩き続けなければならないと、俺は/私は/知っている。
〜07,11,20, 彼の人の誕生に祝福を。
31.「だからもう後悔しないよ」
…ずっと、眠っていたんだけれど。