「ソル、愛していますよ。」




沈黙。










思わず取り落としそうになった剣の柄は、
なんとか手袋に張り付いていたが、それでもぎちりと音をたてて軋んだ。


とりあえず、
視線を声の方向へ巡らせてみる。


そこには、
きらきらと、としか表現出来ないような、少年の笑顔があった。
17、8、だったと聞いた気がするが、
それよりも若くさえ見えるその幼い顔が、
見た事も無いような笑顔でこちらを向いている。



視線を戻す。



美しい地平線。
何処までも広がる空は、
深い藍色から、目の覚めるような鮮やかな光へと続くグラデーション。
朝日に照らされた大地は、黒々と俺達の足元へとつながって、
鼻につく澄んだ空気は、一日の始まりを告げる清清しいそれだ。



視線を巡らせてみる。



そこには、先程の景色と変わらないような、
きらきらとした笑顔が・・・




「嘘ですよ。」




けろりと言ってみせた少年は、
今までの笑顔の仮面を綺麗に剥がして、丸めて捨てた。


「…笑えねぇ、冗談だ…。」


げんなりと息を吐けば、冷たい空気が白く煙る。
無意識に煙草を取り出そうとポケットに手を伸ばし、
そんなもの、もう吸い尽くしてしまったのだと気付いて、
やはり俺は溜め息を噛み潰して、だらりと腕を落とした。


「ほら、日付が変わったんだな、と思って。」


言って、朝日を指差す少年のグローブが、
やはり俺と同じように、ぎちりと軋んだけれど、


おれたちは、それに、気付かないような顔をして、朝日を見る。



「きょうから、4がつ、なんですよ。」



日付を指折りで数えて、そうでしょう、と聞いてくる少年に、
そうだな、と頷いて。


その指が赤黒く染まり、指を折るたびに、ひび割れて、
乾いた血液
(彼のものか、他のものか、なんて事はわからない)が、
ぱらぱらと落ちるのが見える。



「折角のポワソン・ダブリルですから、何か一ネタ披露しようかと。」

「ポワソン、?」

「あ。エイプリル・フール、といえば良いですか?」

「…御立派な心構えだな。」



一歩、その足を踏み出し、こちらと並んだ少年の髪は、
いつもの甘い色の香りだけを残して、
やはり赤黒い体液をこびりつかせ、すっかり固まったそれから、
くすんだ金だけを覗かせていた。

互いを包む聖騎士団の象徴ともいえる、白を基調とした服も、
眩しい朝日に照らされて、
黒く黒く黒く、切り取られ。




隊の先陣をきっていた少年と、
隊の殿を務めていた俺が、

こうして並んで、

剣の柄を握ったままの形で指をギアの体液で固まらせて、

ふたりだけで、立っている、という、ことは、


この赤黒く身体中にこびり付いて鼻を突く鉄の臭いの何割が仲間と呼んだ人間のそれなのであろうかもうわかるはずもなく。





ちくりと頭蓋を突くような気配に、
瞬時に、背中を付き合わせるようにして、構える。


ちりちりと肌を焦がすような気配は、
じわじわと数を増しその距離を縮め、
どくどくと体内の血液が音を立て始め、
ぴりぴりと痛むように疼くのは、額の先だ。





「街に戻ったら、何か驕ってやるよ。」

「本当ですか?!」

「…エイプリル・フールなんだろ?」

「約束と嘘は違います。忘れませんからね。」

「オイ、てめぇ…、」




思わず毒付いてやろうと視線だけ僅かに振り返ると、
やはり、僅かに、振り向いた少年の、
碧がこちらを見ていて、


一瞬だけ、


彼は、少年らしい、悪戯めいた笑いを見せると、視線を戻した。












「片付けます。」












咆哮が、空気を裂いて、天を衝く。


俺達の足は、

大地を蹴った。



















...Poisson d’avril...








ソルカイというか、ソルと、カイ。
悪友っぽい、仲良しなふたりもいいなあという夢。
エイプリルフールって、フランス語でポワソン・ダブリルっていうらしいです。かわいい!
そんだけのおはなしです。

037.嘘を吐く人達
〜06,03,26,