朝方。
ふと、鼻をついた錆びた匂いに、目を覚ます。
視界に拡がっていたのは、
見慣れた男の寝顔で。
いつの間にベッドに潜り込んできたのか、
それよりも、いつ家に入ってきたのか。
息の無いその、寝顔、からでは、
どうとも判断がつかなかったけれど、
私は、彼の二の腕辺りに落ちていた上掛けを、
彼を起こさないように、
掛け直した。
(ギアだから、眠らない。
そう言われた事もあったけれど、
だからといって、休まない、という訳では無いと思う。)
まだ少し寒い空気の中、
身じろいで窓を探してみても、
カーテンからはまだ明かりは微塵も差しておらず、
正確な時間はわからなかった。
もう一度寝ようと思い、
隣にある熱にほんの少しだけ身を寄せて、目を閉じる。
だけど、
その前髪の先が鼻先をくすぐって、
私はそれを除けるように、そっとかきあげて、
その額を隠す、ヘッドギアと呼ばれる、硬質な“其れ”に、触れた。
指をそのまま滑らせると、
予想通り冷たい感触しか返ってこなくて、
だけれども、
その錆びた匂いを、確かにこの指で、
そっと切り開いているのだということが分かった。
夢も、見ない、
と、言われたことが、ある。
その時の彼の目は虚ろな影を宿し、
それは私が何度も何度も何度も自分のこの腕で作り出してきた、
ギアの屍骸、
機能停止のその瞬間の色のようで、
私は、
私は何故か、彼、を抱き締めていた。
それは、
酷い恐怖であり、
強大で巨大過ぎる罪悪感にも似たもので、
恐らくは慈愛という名を笠に着た自愛に違いなく、
ただの自己満足の反射的な衝動に過ぎなかったのだろう。
そして、
恐らくとも、
其れを悟っていたに違いないのだ。
この、錆びた匂いを纏った、この男、は。
私は、
はらりと再び垂れてきたその前髪をそうっとかきあげて、
だが今度は、落ちてこないように、
そのまま手で抑えたまま、
その赤い硬質な、錆びた匂いに、舌を這わせる。
すぐに舌先で溶けてしまった、その匂いは、
苦くて苦くて苦くて、
ほんの少しだけ甘かったので、
私は、なんだか泣きたいような衝動に陥った、のだけれど。
ゆっくりと髪を抑えていた手を外して、
その赤に、
伏せられた瞳に、
それを包んだ瞼に、
髪がはらはらと掛かっていく様を見送って、
私はゆっくりと彼に背を向けて、
今度こそ、目を閉じた。
何度か意識の浮き沈みの波を感じていた中で、
私をその温かな黒の海から引き揚げないように、
そっと、背後から肩を胸を包み込むように回された、その腕、に、
私は気付かない振りをして、
この浅ましい意識を真っ黒な海の底へと突き落とした。
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〜05,06,21
040,錆びた匂い