「赤くん知っていたかい?刃は刺さるときよりも抜く時の方が痛いんだそうだよ。君はどう思う?
僕は異を唱えよう。つまり刺される瞬間はそれを知覚する前であり、抜く時というのはそれを知
覚した後であるという事なんだよ。つまり、痛みそのものに大差は無いということだね。知覚。こ
れは末恐ろしい代物なのだよ赤君。痛覚とは命の危機を知らせるものがある。とどのつまり、
これが彼等よりも少ない我々は、だからこそ強く、だからこそ弱い。」

べらべらと続くいつもの音と共に、彼はゆっくりと顔をこちらへ向けようとする。
しかし、珍しく彼は戸惑ったように、…おや、と呟いて、首を捻った。


「やあ、これはいかんよ、赤君、」


日に透けた金髪が、それでも薄く笑う彼の頭と共に、ぐらりと揺れる。
いつもは不快なほどにクリアなその発音もノイズ混じりで、
その全身の軋みや何やらと聞き分けることが俺には出来ないけれど、
彼が、懸命に、その中から俺の音を探ろうとしているのが、分かった。

「、聞こえ、にくいなあ、君の声が、」

苦笑して眉を寄せるその身体が傾いだのが見えて、
俺は最後の一匹のギアに雷撃を叩き込みながら言う。


「もう眠れ。俺が直す。」


敵を殲滅し終わったことを確認してから、動けない彼へと歩み寄れば、
確かに俺の言葉を聞いたらしい彼は、いつものように不快な笑いを浮かべながら口を開いた。
視線が俺から外れていることに気付いた。
もう既に、音だけで俺を判別しているようだった。


「お茶の時間までには頼むよ。小鳥くんと、約束をとりつけてしまったんだ。」


ばちん。Off。どしゃりと崩れるそれ。もう動かなかった。
右腕が焼け左腕が吹き飛び、右足が切られ左足が喰われ、腹に穴が開き、胸に敵の牙を生やし、ついに首はもぎ取れた。
生命活動の停止。
眼の前の彼が物になった瞬間。
嫌でも細部の細部の外傷や欠損部まで視えてしまう視界。
余りにもクリアに。余りにもリアルに。ああ、けれど。

俺は、眼を閉じない。

喩え今や物と成り果てたこれが、再び右腕を焼かれ左腕を吹き飛ばされ右足を斬られ左足を喰われ腹に穴を開けられ胸に喰い付かれ首をもぎ取られようと。
おれは、この眼で、見続ける。

忘れるな。忘れるな。忘れるな。

我々の日常がはかない事を。





















かつ、かつ、かつ、かつ、かつ、


部屋の沈黙を突付くように、秒針は遠慮なく音を立てていく。

俺はそれを気にしていないとでもいうように、新聞を大きくめくりながら、
その隙間に見えた、広いソファの片隅で微動だにしない、それを見た。

二人分のティーカップを前に、紅に染まった頬を膨らませながら、ソファーの上で膝を抱える、それ。
…きゅ、と珍しく寄せられた眉間の皺は、怒っているのか、泣きそうなのか分からない顔で。

俺は、新聞の陰でこっそりと息を吐いて、小さく言った。


「今日は…来ないぞ。」


あおは?こないねー。おそいねー。…そうして泣き喚いた昔。


だけれど今、それは、何も言わず、膝を抱えて、
冷めた紅茶と、以前あいつが土産にと持ってきた、小さなケーキと、じっとにらめっこを続けている。


「…うそつき。」


それが呟いた声は、確かな色をもって、掠れていた。


ああ、繰り返す全て。

つくって、こわれて、なおして、くずれて。

それでも、
それでもたしかに、
それは蓄積されているのだと。


おれたちが塗り重ねた彩りが、いつか、黒に還るその日まで。




「やあ小鳥君、赤君、先日はすまなかったね!ご機嫌麗しいかい?」




いつかと同じように、ドアが開き、
いつかと同じように、あれが歓声をあげ、
いつかと同じように、あいつが新たな土産を俺に押し付けて。


そうして俺はまた、
賞味期限切れの、小さなケーキを、捨てていく。












42. 賞 味 期 限 切 れ








〜08,02,25