ざぶ、ざぶ、ざぶ。


黒い海に膝下までを沈めながら、ただ私は歩いている。


ざぶ、ざぶ、ざぶ。


感じるのは水の感触。やや柔らかい水の感触。
泥ではない、だがセーヌ川のような水ではない、
何度かしか見た事の無い波の押し寄せる海でもない、
私はここがどこかわからない、
これがなにかわからない、

だから、一番自分の中で解り易い言葉で考えている。

私は、黒い、海、の中を、ただ、歩いている、と。



ざぶ、ざぶ、ざぶ。



冷たくは無かった。
どちらかと問われれば、温かいと私は答えるだろう。
微温湯の冷めたような、薄い体温のような、
要するに酷く遠い温度だった要するに私には分からない、
だから、これも私は一番自分の中で解り易い言葉で思考している、そして歩いている、


とどのつまり、
私の意識は、ここが何処なのか、これが何なのか、そのような物に注がれてはいないのだ。



私の意思は、足には無い。
私の神経は、先程から寒くもなく暑くもないこの空気を切り続けている、右手に注がれている。


何も掴んでいない、掴んでいなくてはならない、右手に注がれている。


ああ、

右手を動かしてみる。
ぴくり、と痙攣して、ゆっくりと拳を握って、また開いた。何もない。


ああ、

、剣、が、無い。



ざぶ、ざぶ、ざ。


私は初めて足を止めた。そして辺りを見回す。


黒い海。
私の腕。
黒い空。
私の脚。
海岸線とも認識できない、ただの黒い線。
私の前髪、胸、腹、総じて身体。
黒。黒黒黒黒黒、ただの黒。



剣は、無い。



「どこに、ある、んだ、」


声は、響いた。
ような気がしたけれど、すぐに消えていた。

やはり剣は無い。


私は、両の手をまじまじと見つめる。


ない、
剣がない、
ないないないないないない、

ない、


ならば、?


私は顔を上げた。
視界にはただ、黒い世界。けれど、私の思考はとても冴え渡っている。この黒のように澄み切っている。



「うばえ。」



言って、理解する。

そうだ、敵から奪ってしまえばいい。
それでいい、
うばえうばえうばえころせ、ならば、



私は辺りを見回した。

世界は、無音だった。





敵は、何処だ?




ざぶ、ざぶ、ざぶざぶざぶ、ざざざっ。

私は、ただひたすら走り出した。

真っ黒な海を波立て、水を切り、風を切り、必死に走っていた。


息が切れて、空を仰いだ。
そこすらも真っ黒だった。
何処まで走ったのかわからない、けれど、
その海なのか湖なのか池なのかわからないそれの水平線なのか地平線なのかもわからない全てが黒だった。

そのなかに、ただ、ただ、私は、




「、ひとり。」




てきは、てきはどこだどこだどこだ、どこだ斬る斬らなければ、ぎあ、ぎあ、ぎあはどこだ。
奴等を斬る、斬るんだ、一匹残らず、駆逐する消去する滅する、滅する、滅する、殺す。
武器をとれ剣を奪え戦え守る為に剣を剣を剣を、振るえ切れ叩け折れ潰せ千切れ裂け殺せ!



「なぜ、なぜひとりなんだ、わたしは、わたしが、なぜ、」



喉が痛んだ。


味方はいなくてもいい、居ない時もある、居ても変わらないどうでもいい。
だけど、


敵、


敵がいなければ、何もならない。
私と敵。自分と相手。善と悪。生と死。
それが無ければ、何も為らない。
私は何を斬ればいいのだ、何を殺せばいいのだ、何を消せばいいのだ、如何やって生きればいいのだ、!



「、何、故、」







ざぶ、

ざぶ、


ざぶり。






「当たり前だろ。」







足音、と、人のこえ。

私は新たに現れたその気配に顔をあげる。








そこには、誰かが立っていた。
私と同じようにその泥濘をかきわけながら、真っ黒な世界にたっていた。
ただ、頭を抱えて蹲るように黒い海に包まれた私を見下ろして、立っている。

誰かは解らなかった。
どうでもいい。だって、


心臓が動き出す気分が高揚している血液の循環溜息が零れた、熱い。


だって、
その左手には、剣。そして、


鼻をつく何かの臭いを辿れば、相手の口元に咥えられた短い煙草。
それが空いていた男の右手によって黒い海へと放物線を描いていくのを視界の端に捉えながら、
私は相手に悟られてしまうくらいにばくばくと悦びで破裂しそうな心臓を手で抑えていた。







ああ、


愛しいほどに求めたその気配は、



GEAR。








私は、笑った。
口端が嬉しくて吊り上ってしまったのが分かって、
もしかしたら笑い声も上げてしまったのかもしれない
どうでもいい。

どうでもいいどうでもいいどうでもいい、だって、だって、だって、


敵、がいる。
=わたしは、ひとりじゃない。




私は駆け出す。
風の音が耳を裂いて、まるで黒い海の上を滑るかのように走る。


けれど、そいつは剣をふるわずに、
空いている右手をゆるりとあげた。




「敵も、剣も、世界も無ぇよ。だって、」




私はただ駆ける。
泥濘も何も蹴り上げて熱も何をも切って、敵に向かって、一直線に。


狙うのは左腕あの剣を奪うそして斬る殺す消す消す消す消す消す、


それが、正義。

それが、平和。

それが、希望。



それが、私。



こちらには、法力も体術だってある。
相手が、丸腰相手だと油断している間…つまり最初の一撃できめればいい。
それで私の勝ちだ。
克ちだ。価値なのだ!


私が法力の構成を練り上げながら気を溜めてそれを籠めた右腕を振り上げ、そして、


敵の右手が、私を指差す。









「てめぇが全部、消したんだろうが。」






















そこはテントの天井だった。


軋む体で辺りを見回す。

海ではない。
空もなかった。
黒くもない。

どこからか梟の声が聞こえる。


ここが、聖騎士団の夜営地だったという事を何とか思い出して、
私はゆっくりと上体を起こした。

じっとりと汗をかいたシャツに、思わずとも溜息を吐いてしまった事に、
自分が仮眠をとっていたのだと思い至る。

酷い夢を見た。
目を覚ました瞬間から風化を始めたその夢は既に朧だったけれど、
ただ、くろいせかい、だけを覚えている。


「…酷いゆめだ、」


呟いた声が酷い音で私は顔を顰めた。
立ち上がり、テーブル代わりの台に置いてあった、飲みかけのグラスを一気に煽る。
水が乾いた喉を滑り、胸を辿り心臓を冷やす温度。
急に夜の気配が汗で湿った肌を撫でて、私は自分が何処に立っているのかを知覚した。


ここは、聖戦の前線地。


ああ、そうだ、いつも地平線がギアの大群で黒く覆われ、
そして我々はそれを赤黒く叩き潰して、結局夕日がそれを赤く染めて、地平線を黒くそめて、
夜の闇が空を黒くしている。

ああ、なんだ、ここも黒い海なのだ。
否、違う。此処こそが、



ふと、

グラスを戻した拍子に、横に置いてあった聖書の間から、
一枚の栞が、ひらりと落ちた。

以前、街で小さな少女がくれた、四葉のクローバーを押し花にした、それ。

少女は、小さな手に小さな緑を添えて、笑顔で私に言った。



「しゅごしんさま、いつもわたしたちをまもってくれて、ありがとう。」



ああ、
わたしなど、
黒い海に汚れた、ただの肉塊に過ぎない、のに。







「何が、守護“神”、だ、…、こんな、こんなもの、まるで・・・、」








56.







憂鬱

震える私の愚かな懺悔。主よ、ああ主よ、どうか其の耳をお塞ぎ下さい、











07,01,21,
56,死神の憂鬱。
若きすく団長前の憂鬱。宇宙人未来人超能力者は以下略。
なんでこんな話になったかわからないソルカイ若キスクはやり過ぎがちょうどいいだって若いからソルカイ。
後半戦があるかもしれないそして旦那が出るかもしれないリハビリですソルカイ!