聖騎士団、第三大隊<略>部隊、志願兵。

それが、先日入団した僕へと与えられた地位でした。



これで僕も聖騎士団の志願兵という名を頂いた訳ですが、
でもまだ名前だけで、騎士様になったという事ではありません。

僕の専らの仕事は、
給仕や洗濯や、簡単な連絡を各隊に伝えに走ったり…。
まだまだそんなことばかりですが、その傍らで剣の修業をしています。

“伝達”というのは戦場において、とても重要なものだといわれましたが、
できるならば<物理攻撃>部隊のように前線で戦えるところに入って、
カイ様のような立派な騎士様になって、町の人々を守りたいです。


カイ様というのは、
先日、一番大きな隊である第一大隊の大隊長を拝命された騎士様です。

カイ様が僕と同じお歳だと聞いた時には、とても驚きました。


昨日なんて、偶然にも少しだけ剣の稽古をつけていただいたのですが、(感動です…!)
流れるような剣技に魅入るばかりで、全然動けませんでした。

身長なんて、
ひょっとしたら僕より少し小さいように思えるほどでしたが、


それでも、


あの、剣を構えられた時の空気に、

空気が凍るような音と共に、
だけど肌が焼かれるような感触に、


あの穏やかな色の目に、



刺し殺された、瞬間。




初めて、 
怖 い と思ってしまった、あの色、を、






僕は忘れられないのです。












「いやーでも、ちっせーよなー。」


通路の先から聞こえてきたその言葉に、
僕は思わず足を止めてしまいました。


「あれでいくつだっけ?15…?」

「信じらんねーよなーーー!」


ここをまっすぐいけば、途中に出納室。
そこにある籠に、今抱えている洗濯物を全部だして、


「俺がやっと小隊長だってのに、向こうはとっくに大隊長ってな。」

「まぁ、確かに強ぇけどさー。」


そして更にまっすぐいって十字路の脇が、<略>隊長のお部屋。
そこで預かってきた書類をお渡しして、
食堂にいって給仕の手伝いに入らなければ、

いけない、のに…、



「どうせあの綺麗なお顔で、上に取り入ってんじゃねーの?」

「あーうらやましいねー、売れるような身体があるってのは。」



段々と近づいてくる、その姿と言葉と足音と笑い声に、
僕はただ洗濯物を握り締めたまま、
一歩も動けずにいて、
腕も足も震えてきて、
だけど噛み締めた奥歯がとても痛みました。


その二人の内、一人の方には見覚えがありました。


僕が初めて任された伝達のお仕事の時に、
伝える先で助けて下さった方だったからです。

第一大隊<物理攻撃>部隊の小隊長のお顔がわからず、
必死に探していたところ、
声をかけてくださったのが、この方でした。
(今は、この方が小隊長になられたんだ。)


緊張でがちがちになっていた僕に、
だけれどこの方は、気さくに笑って、ご苦労さん、と、
言って下さったので、


今の、お言葉も、
悪意の無いものであるというのが、
いいえ、多少は含んでいたのでしょう。

ですが、
軽い、悪口であるというのは、わかりました。


ですから、


僕が、
騎士ですらない、ただの一兵士であるこの僕が、
小隊長様に対して、


この、怒り、を、
この口を開いて、飛び出してしまうであろう言葉をぶつけてしまうことは、

本当に、愚かな事なのである、というのは、


痛いほどに、わかって、いるのです、




でも、




あの、僕と、同じ高さに在る、

優しくも、強い強い強い、あの碧、に対する、そんな言葉に、



僕は、



「…あ?」

「何だ、お前、」



…て、…ださ、い、



声が、震えていました。

足も、膝が笑うというのはこういう事なのだと、
頭の端っこが冷静に告げるほどに、音をたてていて。


目の前で足を止めたお二人が、
明らかに眉を顰めたのが見えました。


だけど、僕は、息を吸いました。




「訂正して、くださ…!」

「第一大隊<物理攻撃>部隊小隊長ランス=シエルド、同隊志願兵ジアン=ダオ。」




大きくは無い、ですが厳格に響いたそのお声に、
お二人が一瞬で背筋を正されました。


そして、やや視線を泳がせているお二人の背後から、
静かに顔を覗かせたのは、

第一大隊<略>部隊、小隊長の…、


「ベルナルド、様…、」


掠れたお声で振り向いたお二人に、
ですが、ベルナルド様は静かに続けられました。


「先程のような話題を公共の通路でされるという事は、折角の昇格を、無駄にしたいという事ですかな?」



笑顔で告げられたその言葉に、
お二人の顔色は、みるみるうちに青ざめ、

そして、


「申し訳ありませんでしたっ!!」


ばっ、と深く頭を下げられると、
お二人は僕の事などすっかり忘れてしまったように、
走り去ってしまわれました。








「連絡が遅いので、こちらから出向こうかと思っていたのですよ。」


穏やかなトーンもそのままに、
だけれども、確実に冷たいそのお声に、
僕は自分の体温が床にぶちまけられたような感覚に陥りました。


「も、申し訳御座いません!た、ただいま、直ぐに!!」


自分は何をしているんだろうという恥ずかしさと、悔しさと、
そんなものばかりが渦巻いて、
僕は、勢いよく頭を下げると、
大慌てでポケットに入れておいた小さめの封書を差し出しました。

ベルナルド様は静かにそれを受け取られて、
裏のサインや封を確認されて、確かに、とお言葉を下さいました。


「…申し訳、ございません、でした…。」


もう一度、頭を深く深くさげて。


僕は、少しでも早くここから、
ベルナルド様の前から姿を消してしまいたくて、
思わず駆け出してしまったのですが。




「あの方を、守りたいと思うのなら、」





静かに耳に触れたその音に、
思わず足を止めて振り返っても、
ベルナルド様は、そのお背中をこちらに向けたまま、で。

そうして、


ほんの少しだけ、こちらをお向きになって、

僕に、こう、仰るのです。



「最低限、“此処”まで、来ることです。」



欲をいうならば、もっと、“上”に、と。




戦場での伝達は一秒が命取りですよ、

そう告げられて去っていかれるベルナルド様に、


ただ、僕は、


洗濯物を握り締めたまま、
廊下の角を曲がられて、そのお姿が見えなくなるまで、


頭を下げておりました。






この時、僕は、


僕と同じ年月を生き抜いてこられ、

僕と同じ視線に在られる、


僕とは違う、まっすぐで、美しくて、強い、



だけれど、



恐ろしい、碧、を宿したあの方の為に、

祈っていこうと、


剣を握ろうと、決めたのです。





そして。






「おい、お前。」


慌てて頭を上げて、振り向いた先には、
団服ではない、洋服を召された、一人の、
(ああ、身長が大きいから、目線を合わせるのが大変だ・・・。)



「団長ってのは、何処にいる。」



その、赤いヘッドギアの隙間から、
僕を見下ろされたその光にも、

僕が祈りを向けようと誓うのは、もう少し、先のことではあったのですが・・・。
















<<伝達>>



本日、新入団員一名ガ推薦入団。
(推薦者:クリフ=アンダーソン)

第一大隊<物理攻撃>部隊ニ配属。




“ソル=バッドガイ”




御義ノ者ノ、聖騎士団入団ヲ、許可スル。


聖騎士団団長:クリフ=アンダーソン










<<close>>





1.目が合って、堕ちた。
〜05,07,25