ぴん、と張り詰めたのは冬の空気。
瞼をあければ、眼球を冷やし、
深く吸い込んだそれは、肺を冷やし、
しかしそれでも、心の臓はそのままの熱だった。
蕩かされた冷気が、昇華する。
熱は冷めない。
しかし、鼓動は静かだった。
いつからだろうか、このような朝を迎えるのは。
何度も何度も眠れない夜を明かして。
いつの間にか、
こうして静かな静かな熱だけが冷めない朝を、迎えるようになって。
身体を起こす。
温かな布団から引き剥がされた背中が、
あっという間に侵食してくる冷気に悲鳴をあげたけれど、
それもすぐに慣れてしまう。
慣れてしまう、慣れて、しまった。
眠れない夜も、
明けてしまう朝も、
刀を持つことも。
戦場を駆けることも。
人を斬ることも、人の悲鳴にも、人が腐ることも、人の狂気にも。
あの方の右を、護ることも。
何も、変わっていない。
俺はただ昔から、姉上と成実と綱元殿とともに、政宗様の御為に、在る。
なにも、変わっていないのだ。
戦場も、夜も、朝も、彼等も、政宗様も、何もかも。
ただ、慣れてしまった。
其れは良い事でも悪い事でも無く、ただ、それだけの事だ。
「景綱。」
涼やかに触れてくるのは、彼女の声。
障子の向こうに影を浮かばせ、(衣擦れの音さえさせず其処に在った。)こちらを待つのは、
「只今参ります、姉上。」
一言返して立ち上がる。
彼女は返答の代わりに、静かに頭を下げ、いつものように腰を上げて踵を返した。
ふと、呼ばれたような気がして、振り返る。
柱に立てかけられたまま、こちらを睨むのは、二本の愛刀たちで。
歩み寄る足の裏が畳を踏み軋ませる。
ひんやりとした畳の温度も、鼻を通る冬の空気も、
すべてが鋭利で細く、冷たい。
きち、といつもの鍔の音と、確かな重さをもって掌に収まるそれは、
昨日よりも重く、
昔は不安と緊張を高めるばかりだったそれは、
今では、酷く心強い。
この一撃が重ければ重いほど、敵の命は奪われ、
この一撃が硬ければ硬いほど、主の命は守られる。
しゅるりと美しい、これから嫌というほどに汚れてしまうその銀が煌き、
鞘から顔を出し、俺に告げるのは、
遠い昔に俺自身が刻み込んだ、かたいちかい、だ。
「小十郎。」
今し方、
去ってしまったはずの彼女の姿は、やはり見えない。
ただ、涼やかなその声だけが、
俺に触れる。
「しかと、御勤めを果たされませ。」
其れは、
俺達が胸の内でのみ交わした、ちかい。
彼女が支え、
成実が斬り、
綱元殿が護り、
俺が、補う。
全ては、彼の方の為に。
総てを、彼の方の為に。
言葉にはしない。
ただ、先を見据えた互いのその目が、叫ぶ、何よりも強く、叫んでいる、
其の、ちかい。
“独眼竜”に、此の、“生涯”を、と。
俺は、触れていた剣を、静かに握り締めた。
しっかりと、しっかりと。しっかりと。
「…我が身に、代えても。」
共にゆくお前に告ぐ。
片倉小十郎景綱。
竜の右目。
〜06,12,17