「貴方の正義とは、何ですか?」
さらさらと聞こえるのは水のせせらぎ。
(、と、其れに似た男の声。)
「ここで死ぬ事ですか?」
囁くように流れるように、
だがけして水音に埋もれる事なくこちらの鼓膜を揺らすその音は、
途切れることなく、うたうように続いていく。
「誰かに殺されることですか?命乞いをしないことですか?」
ばしゃり、と水音が僅かに荒れた。
その音に起こされるように、ぼやけた視界に意識をやれば、
写りこんだ細長い影がゆらりと揺れたのが見える。
「此処で朽ち果て、肉体を腐らせることですか?」
その男が再び水音を荒らして、こちらへと一歩、足を進めた音。
ゆうらりと動く影。
ゆらゆらと水に沈んだこの身体。
最早、少し冷たいと感じた水らしいその温度すらも体温のように。
(否、若しやこの水と思っているのは、この私の身体から流れる血なの、か、)
「負けることですか?勝てないことですか?弱いことですか?」
鼓膜を濡らす水音、と、声。
霞む視界。
霧のかかる木々、流れる赤い水、肌にへばり付いたこの黒髪、ひしゃげた鎧、
その中で、ゆうらりと揺れたのは、まっしろな髪。
ばしゃ、と荒れた水音が、少し苛々としているようにも聞こえて、
私は、なんだか笑ってしまう。
声を潜めて笑ったつもりだったのだが、
温度の失せた身体は、全ての神経に痛みを走らせ、
喉から熱いそれを吐き出させながら、二つに折れて咽る。
、しかしそれによって、自分の身体の部位がなんとか繋がっている事を知った。
「…わかりませんね。」
声とともに、影が傾いで、銀の糸がするすると滑る。
それはまるで絹が解れる様のようですらあり、
確かに美しい絵ではあったのだけれど、
今の私には、それは実に滑稽にしか思えなかったのだ。
さらさらと上から下へと流れていくみずに、確かに自分の体温が奪われていくのを感じながら、
私は笑い、
その影を見つめる。
蜘蛛の糸のような髪からこちらを見下ろしていた、金、が、
こちらの僅かな動きを眺めながらも首を捻っていて、
黒く塗り潰され始めた視界の中で笑いながら、
私は、それに聞こえるようにと、口を開いた。
ばしゃ、ばしゃ、と水音が近くで弾け、
ひたひたと肌に張り巡らされたのは、
その男が私の口元に耳を寄せようとして零れた、その、しろいいと、か。
「 、 お ま え 、 は 、 あ わ れ 、 だ 、 」
真っ黒に潰れた視界の中で、
その白い柔らかな糸が肌を流れるのを見ながら、
音にもならぬ、息にもなったかもわからぬ音を吐き出して、
私は笑った。
ざらざらと流れるのは水音。
川に沈んだ男は意識を手放したらしく、
血染めの川の中で、だが満足そうな笑いを浮かべていた。
「わかりません、ね。」
呟いたのは自分の声(、のようだった。)
この男は強くない。=だから沈んでいる。
この男は負けた。=だから死んでいく。
この男は弱い。=だからつまらない。=だから意味が無い。≠けれど、笑って、いる。
「わかりません、理解出来ない、実に、不可解です、…実に、」
言葉が垂れ流れる。
音が流れ続ける。
水が流れ風が流れ髪が流れ、赤が流れる。
正義を掲げながらだれかを庇い自身は死に追いやられながら、ひとを、哀れと、言う、事の意味とはなんだ。
喉の奥に熱が渦巻いている。ぐるぐると蠢くそれは、酷く重く、酷く汚く、酷く弱いように思えた。(何と醜悪!)
それを吐き出したい衝動に駆られながら眉を寄せている自分に気付き、
は、として、自身の顔に触れる。
ぺたぺたと指に与えられる感触は何ら変わり無い冷えた肌と、
そして、苦々しく歪められた筋肉の感触。
わらいが、あふれた。
ああ、おかしい、おかしいだろう、
この醜悪な喉の奥の蟠りに気付いてしまった。
この膿の呼び名に、気付いてしまった。
韓紅の紅葉の埋め尽くす竜田川の如く、美しく染まった姉川の中でひたすらに笑い続けた私は、
笑いが収まり、もう動かない男へと向き直ると、
ようやく口を開いた。
「、不快ですね、とても。」
男は答えない。私は哂い、腕を伸ばす。
触れた男の首は冷え切り、
けれどその奥底で、ほんの僅かに、ことことと今も私を哂い続けていた。
君 が 初 め て 笑 っ た 日 / #1
〜07,03,xx
優希さん、お誕生日おめでとうございます。
…にしては、めでたくないもので、すみません(今更!)
これからも素敵なみつひでを産んでください。