ソル=バッドガイ、と名乗ったその男は、
カイから俺の話を聞いた後、
驚いてはいたけれど、何か納得したようだった。


お茶の替わりを、と告げて、
カイが席を立つと、彼は、しげしげとこちらへ視線を送る。


その彼の眼は、
白衣の連中が、初めて俺を視る時の好奇心と興味、
そして感動に満ちたそれにも見えた。
(けどこいつに白衣なんて不似合いにも程があるだろう)


だけど、




「まさかお前が“背徳の炎”だったなんてな。」




俺がそう言った瞬間に、張り詰める殺気。


向かいのソファから、刺し殺さんばかりに威嚇する鋼の眼に、
俺の危険回避システムが必死にレッドライトを回すが、

俺は軽く手を振った。



「俺には、“お前”が近付いたらわかるようにって信号がついてる。」



研究所へ足がつくのも、俺が壊れるのもまずいから、て、上の方からの命令でな。

そう補足すると、
彼は、その両目を伏せ、殺気だけは納めてくれた。

肩の力を抜いた瞬間に、
浮かんでいた冷や汗が一筋、背中を伝っていくのがわかった。



「博士はそういうの嫌う人だったんだけど、これだけは許可したのがお前に会って、やっとわかった。」



あの紫の目を細めて眉まで寄せて、
深く思案する博士の顔が見れたのは、あの時くらいだろう。

結局彼は、
俺へ与えるアラートの影響が最低限になるように、という条件つきで、
それを許した。

何よりのその理由は、





「お前は、強い。」





俺が彼と出逢ってしまって、例えば最悪戦うことになったとして、
勝敗云々の前に、
まず、
無傷で戻れることは絶対に無いだろう。
博士はそれを知っていたんだ。


その言葉に、
彼はただ、皮肉気に口端をつりあげた。

そうしてそのまま、
キッチンへ続く扉の方へと視線を向ける。






何と無くその視線を追っていた俺の口は、
いつの間にかに、その疑問を口にしていた。





「お前は、カイと、…恋人ってやつなのか?」





それは、好奇心だった。
しかしそれは、二人の関係に対してではなく、
二人を見て、俺が今感じているこの感覚に対してのものだ。



ソルは、
その目を見開いて固まったまま、しばらくこっちを見ていた。
(このきれいな目の色は、どこで見たんだっけ)



「…お前、“恋人”って意味、知らねぇのか?」



半眼で返された呆れたその声に、
俺は曖昧に頷く。



「登録されたデータとしての意味しか、俺は知らない。」



恋、とか、愛、とか。

家族、友達、そして恋人。


まだそんな大きなものは知らないけれど、

カイの家に来て、
俺は、たくさんのことを知った。



買い物のやり方。
掃除のコツ。
おいしい紅茶の煎れ方。
誰かと摂る食事は楽しいということ。
書類と格闘しているカイにお茶をいれてやったら、すごく喜んでくれること。



些細な事なのかもしれない、けれど、

俺には、

この家、この街、この世界、全てが未知のものなのだ。






ソルが初めて俺を見て、向けてきたあの殺気。

カイがやんわりと押した掌。

「坊や」と呼ぶ、その音。

寝室の窓は閉めないでほしいと頼む、その目。




そして、











「そんなんじゃねーよ。」











静かに、だがはっきりと、

伏せられた視線のまま、

そう流れ出たソルの言葉。




其の視線は、

やわらかに香るティーカップ二つと、
珈琲の注がれた大きめのマグカップをトレイに乗せて、
リビングへ戻ってきた、


カイへと、


泳いで。






「どうぞ。」






差し出された紅茶を受け取って、一口含む。

使い慣れないカップだと思い、よく見れば、
彼のコレクションの棚の、一番上に並べられていた、それだと気付いた。

軽く驚きながら、ふわふわと香る、甘いベルガモットを見下ろせば、


其処には、




鮮やかに燃える紅の水面が、緩やかに広がって、いて。




其れは正に、先程見開かれた、あの、
きれいな、眼、の色だ。













俺は、

ただ、何か、に、

上手く具体的には説明出来い、何か、に、


一人で納得してしまったんだ。















多分、きっと、この感情を、恋だとか愛だとか呼ぶのだと思う。

















「…何、笑ってやがんだ。」

「紅茶に何か、入っていましたか?」

「いや、何でも無い。…ご馳走様。」














94,シックスセンス。



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