有り得ないことだった。
懼れていたことだった。



見慣れた黒衣を纏った“彼”は、
口端を吊り上げたまま、
軽やかに、靴音を鳴らしてみせた。




ああ、
俺と同じ“黒”という名の絶望の、



悲鳴が、聞こえる。



















Project of black android.
The second story = X black.
Black widowCurse.

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思い出すのは、
弾みそうになるそれを、必死に押し込んだような、
彼の声。



―――…あなたともあろう人が、致命的なミスを犯したな。



彼は私を振り向かないまま、
マザーマシン(中のデータと共に
漸く復旧したばかりのものだ)を、その指で撫でる。



―――…要人の殺害、壱号機の紛失、研究施設の設備、データの破壊。
…よくもまあ、これだけの失態を一度に犯せたものだ。



彼は、少し笑ったようだった。

微かに揺れた肩から、
その緩く束ねられた長い白銀の髪が、
白衣の上をするりと零れる。



―――…先程上の方から通告があってな。
“これ以上あのような者に、
この計画のトップを任せることはできない”だそうだ。




振り向いた彼の翠の瞳が、嬉しそうに細められて、嗤う。




――――……ご愁傷様。




「何が、ご愁傷様なんですかね。」




ぽつりと呟いた声に、
立ち並んだ巨大な槽たちが、水泡をあげる。


床だけには納まらず、壁や天井にまで這い回るコードやチューブ。


未だこれらがこうして息をしていられるのは、
この部屋を、
他の研究員たちには勿論、

壱号にさえも、


結局、見せることが出来なかったというのが
幸いしたのか…。


私はただ、頭を振る代わりに眼鏡のブリッジを押し上げた。


幸いしたのだ。
幸いでなければならない。


あの子のおかげで、この子は生まれたのだから。




「むしろ、おめでとうと言ってもらうべき、状況になったというのに。」



息づく羊水を包む硝子は、微かに温かい。



「なあ、そうだろう?」



うっすらと開かれた両の目は、美しい浜梨の色だ。
私と同じ、だが明らかに違う、
鮮烈な紫
が、ゆっくりと硝子越しにこちらを映す。






「おはよう、貳号。」






その唇が微かに開いて、小さな泡沫を零す。
(呼吸していることの証である)





ああ、
命とは、こんなにも美しい。


















I hope only for one.
僕が望むのは唯一つ。

I hope only for nothing but one.
僕が望むのは、唯、一つ。



















「そ、んな…。」

震える彼の声は、
憎悪で燃えたぎる紫の鋭利な視線に、
あっさりと、斬り捨てられる。



「あんたさえいなければ…僕が生まれることは無かったのに。」



喉の奥の奥から這い出てきた声は、
きりきりと引き絞られた弓のようで。




「ねえ、兄さん。」




躊躇うことなくその矢を放した彼は、
そう言って、わらった。





















I hope only for one.
僕が望むのは唯一つ。


To kill you.
あんたをこの手で殺す、こと。




あんた を 此の手 で 殺す こと。
















Only it is my "HOPE".

























ばたばたと滴り続けるのは、
血と同じ色の自分の身体を巡る、生暖かい人工体液。
それに塗れたバックルが、
必死に何か言っていたけど聞こえなかった。


僕は、ただただ、この色温度臭い、しか思い出せないんだ。





「…“希望”…?笑わせないで。」




風に翻る黒衣と、
頬に額に貼りついた亜麻色の髪からも、
生温いそれが滴っていたけれど、

もう、それが自分のものかすらわからない。








「そんなもの、有る訳無いんだから。」









僕が、信じられるのは、真っ赤な血。

そして、



それを奪う瞬間だけ。





















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05,04,28