カツカツと硬い、
けれど止まる事の無いシャープペンの音に合わせて、
さらさらと銀の髪が揺れる。
そのレンズの隙間から覗く薄そうな瞼に陰をつける、同じ色の睫毛も、
サラサラと音を立てている気がして、(いや多分気のせいじゃない)
俺はいつの間にか、手元のノートに向いている彼のそれと、一緒のリズムで瞬きしていたんだけど、
俺なんかの場合、ただ黒い幕が下りて彼が視界から消えてしまうだけで、
睫毛がどうのこうのという次元ではなかった。
(やっぱり遺伝子レベルの問題なんだなあ…。)
はあ、と思わず落としてしまった溜息に、
彼が退屈されてるとでも思ったらしく、慌てた顔で俺を見た。
しかし、俺がそういう顔ではなかったようで、(…顔、にやけてはなかったはずだ、けど…)
彼はきょとんとした灰褐色の目で、
また睫毛の音を立てていつものように俺を呼ぶ。
「十代目…?」
彼の手元にあるのは今日の数学の課題プリントで、
早々にリタイアしてしまった俺が、彼に一回解いてから教えて欲しいと頼み込んだそれだ。
(先日一緒に解き始めたら俺に時間がかかり過ぎて終わらず、
結局彼は自宅に帰ってから自分の分を仕上げる事になってしまったからだ…。)
えー…と、
顔が良くて、(ようしたんれい)
頭が良くて、(ずのうめいせき)
素行、はちょっと・・・いや、大分、よくないけど、
やさしくて、何事も一生懸命で。
「すみません、もう少しで終わりますから、」
先に休憩いれますか、と言ってくれる彼は、
そう言いつつも俺の目の奥を探ろうとしていて。
少しずれた眼鏡を直すその仕草が、
学校で怒鳴ったりしている姿からは想像もつかなくて、
なんだかかわいいと思う、と言ったら、彼はどんな顔をするだろう。
、…じゅうだいめ、と問う彼の眉が、困ったように下げられて、
けれどやはりその目が必死だったから、
こんな俺を見透かされてしまいそうだから、少し慌てて腕を伸ばし、その眼鏡を奪った。
彼がそうやって探り出したいのは、
“十代目”の気持ち?
を、ちゃんと悟れる右腕?
として“十代目”から頼られる君自身?
―――・・・それとも・・・、
「…わかんないんだ。」
彼の眼鏡を覗いてみると、
ぐんにゃりと歪んだ獄寺君が俺のプリントを覗き込んで、どれですか、と聞いた。
俺は目の奥を刺すような度の強さに顔をしかめて、ほんの少し彼を睨んだ。
「…おしえてやんない。」
床に伸びた銀の影。
きみはおれを汚さない。
でも俺はその影が何なのか知りたいと思い、彼が遠ざけるそれに想いを馳せる。
そんな俺の中を巡るどろどろとしたそれによって俺はどんどん汚れ、
俺から影を遠ざける彼は俺の分まで汚れることで美化され浄化されている。
「君のそーゆーとこ、きらい。」
「………え!!!???」
彼が何事か口を開こうとした瞬間、
階下から母さんの声が響いて、彼は焦ったような顔で唇を噛み締めた。
俺はその喉が言葉を飲み込んでしまうのを見つめながら、返事をする。
ビーフシチューの匂いが鼻を掠めた。
「行こっか。」
「…はい。」
いつかのように声を掛ければ、
彼は納得しない顔のまま、けれど頷いて席を立った。
彼は聞かないし、狡い俺はそう知っているから、
答えないで困らせる。
俺はその慣れてしまったやりとりに、彼を馬鹿だと罵りながら、
それ以上に自分が薄汚く思って、
シャープペンにずっと占領されてた彼の手をとった。
僅かに強張って、でもすぐに少し痛い程に握り返されたそれは、
クーラーで少し冷えた彼の体温で。
俺は、
この銀の影を少しでも暖めようと右手を握り絞めながら、一階への階段を下りていく。
リビングからの明かりが廊下に射して、
明かりの無い廊下はくっきりと暗がりに沈んでて。
俺はその長く伸びたリビングの光を踏む前に、
影の中できらきら光る銀の影をそっとかきあげて、
クーラーに晒されて冷えた項に唇を押し付けた。
二階からリビングまでのたった数十歩のこの距離が、永遠であるようにと願います。
お腹が空いてぐうと不満を言ったけれど、そんなのに負けないから。
明日数学の問題に当てられて前で解く羽目になって答えられなくて
クラス中の笑い者になって「ダメツナ」って馬鹿にされたって、そんなことで泣かないから。
問 題 は 解 け な い 。
( だ か ら お れ が い つ か ほ ど い て し ま う 日 を ゆ る し て 、 き み と い う 、 影
よ 。)
07,06,20/ きみという影
めがねが・・・すきです。