その時考えていたのは、ただひとつ。
想像したよりも、軽い音だなあ、ということだった。
よく映画で見るような、バァンッ!とか、ドキューン!みたいな、辺りに響き渡るカッコイイものじゃない。
リボーンやコロネロが俺の前で見せる鮮やかで無駄の無いそれともまた違う。
、ばん、
ただ、それだけだった。
右手にはビリビリと衝撃がまだ残っていたけれど、
いちおう基礎訓練はやっていたから、初めての時のように打った反動で銃を吹っ飛ばすようなヘマはしなかった。
訓練て、何気に大事だなあと頭の隅っこが考えている。
これも一重に、優秀な家庭教師様の教育の賜物ってやつなのかな、そういえば、今朝の味噌汁美味しかったな、昨日山本が親父さんから届いたって味噌見せびらかしてたから、使ってくれたんだな、でも俺大根のより豆腐のが好きなんだよなあ、って何考えてんのかなあ、おれ。
ぼんやりと、そんな事を、考えている。とてもくだらないことだなあと思う。そんなように思う。おもう。おもう。
しかし、今朝久しぶりに箸を握ったはずの右手は別の物のように未だ収まりきらないピリピリという振動を残し、
俺は、何か、がこの身体の中を落ちていくのを確かに感じながら、やっぱり出汁もカツオとかにしたいなあと、味噌汁について考えている。
「…!……――!!」
誰かが何か言っている。
否、目の前にいる誰かが、何か叫んでいる。
焦点が合わせられない。
俺、耳栓でもしてたっけ。
俺の肩を揺さぶる、ぼやけた影。
像が、結べない。
「**********!!!」
こえが、というか、音は、聞こえる。
意味は、わからない。
やはり像が、結べない。
視界がさだまらない思考がまとまらない聴覚がさだかでない、ただ、
硝煙の臭いが、鼻を、突く。
「/さ/わ/だ/さ/ん/!!!」
それは悲鳴だった。彼の悲鳴だった。
ほどけた像、崩れた紐が糸となり、床に散らばったそれらが、
依って合わさり紡がれて。
「沢田さん…ッ!!!」
倒れた男はやはりマフィアでそこは気が短いので有名だったしそいつらが何度もこちらのシマに入り込んでいたのは知っていたし小競り合いもあったけれどまさかこんないつものランチタイムに何となく感じて俺がそちらを向いたらそこのお抱えのヒットマンが銃を構えていてそんな景色を背景にして、きみが、何食べますか?、って笑うから。
「、…、く、っ、ら…、」
目の前の像、恐らくとも彼であろうそれの名を呼ぼうとしたけれど、咽が震えて、息がくっくっと詰まっただけだった。
ああ、ぐしゃりと歪んだ像が、堪らずに俺の身体をかき抱く。
どくどくと音がする。
遠く結ばれた像が、
どくどくと地面に黒い染みを拡げている。
どくどくと右手が疼き始める。
そうして、
それを収めるように、かれの左手がおれの手に絡まって。
「、ごく、で、ら、く、」
ささやかなその音を飲み込むように、彼は俺の唇に噛み付いた。
彼の唇は酷く冷えていたけれど、どくどくと響く熱はむしろ熱かった。
遠く結んでいた像は、彼に塞がれて見えない。
彼が息を継ぐ合間に俺を呼ぶので、
俺は彼が生きている事を知る。
遠くに見えた黒い染みも彼に塞がれて見えない。
彼の指が必死に俺の頬をまさぐって、
焦点を合わせようとしながらぱたぱたと俺の頬を濡らすから、
俺は君が生きて、おれにふれていることを知る。
たった、ひとつ。
、きみが、いきている。
そんなことしか、わからない。けれど。
…ああ、そうだよ。
君は俺にキスをくれなきゃいけないその手で俺に触れなきゃならないその腕で俺を抱かなきゃいけないそうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ、
きみが握り締めてくれた右手は震えがおさまらず、
きみが必死に解こうとする俺の指は黒いトリガーを引いたまま、
一筋の硝煙が、俺達の鼻を、刺している。
脳裏に浮かぶ母が味噌汁を注いで、朝ごはんよ、と笑う。
ひ と つ
(おれのひめいが木霊して世界が崩れる音がする。やわらかな/豆腐/が/箸/で/崩/れ/る/。、君が見えないみえないみえないんだ。)
〜07,10,05 ひとつ
並盛を舞台にしても良いかと思ったんだけれど、
やっぱり海を越えてみたかったので。