アルコバレーノは、成長しない。



けれど、それは身体的且つ外面的な部分だけであって、
要するに精神は、リセットされることなどないので、年をとってゆく。

それは、つまり、成長していることと同じだと、隼人は言う。

「変わらないものなんて、無いんス。」

そう言って、昔とおんなじように嬉しそうに(おれにしかみせないかおで)笑うので、
どんなに経ってもその顔がかわいいなあとか、うれしいなあとか思ってしまう俺は、
それがちょっと悔しいわけで。
、…君は変わってないじゃないか、と呟いたんだけど。


「いいえ十代目。」


隼人は珍しくハッキリと首を振った。
いいえ十代目、俺は変わりました、変わり続けているのです。
だって、あの頃より、五年前より、去年より、昨日より、


「毎日毎日、あなたを、想う気持ちばかり、大きくなり続けているんです。」


恥ずかし気も何もなく言い切って、
誇らしげに微笑んでみせる君を、俺は一度で良いから本気で殴り飛ばしてやりたいと思ったけど。

「獄寺はほんとに、恥ずかしいのなー。」

そう言って、昔よりも大人びた声で笑いながら俺の頭を撫でてくれる山本に大きく頷いて、
俺は、
/てっめぇいい加減にしろボスに対してそういう態(中略)ってんだろふざけんなつーか触/いつものように、
始まってしまった騒ぎを眺めながら、積みあがっている書類の山に気付かない振りをした。






あれから、いろんなことがあって、おれはいま、


ひとをたすけたり、まちをよくしたいとおもいながら、


ひとをころしたり、だましたり、すてたり、こわしたりして、


まいにち、いろんなことをしながら、すごして、いる。







「ダメツナが。ちったぁ成長しやがれ。」


げしり。と容赦の無い力で俺の頭を蹴飛ばした小さな足を見て、
俺は頭を擦りながら、最早慣れてしまった痛みをやり過ごす。

「はいはい、申し訳御座いません。やっぱり陽動作戦ってのは上手くいかないか…。」

ターゲットである双方の家が動かない、という部下の調書を指ではじいて、
俺は、少しきついネクタイを緩めた。
喉に流し入れたコーヒーも冷めていて、思わず眉を寄せてしまう。
(…これはまた後で彼に淹れなおしてもらうとして。)
俺は調書の文面をもう一度流し読みながら、カップをデスクに戻した。

「仕方無いな、…でも偽の情報は流せたんだろ?少なからず、向こうは互いに疑心暗鬼に駆られてる。
そこをちょっと突付いてやれば、すぐにドンパチおっ始めるだろ。」

…どっちも血の気多い連中ばっかりだからなあ、と笑えば、リボーンの深い溜息が聞こえる。
小さな黒い帽子を、目深に被り直す様子が、窓ガラスに映って見えた。
俺は、窓ガラスに貼り付いたような自分の口元の笑みが濃くなっていくのを眺めながら、
、むかし、と変わらない、リボーンの声を聞いている。


「…じゃあ、俺たちが出るのは明日か?」

「明後日。明々後日でもいいかな。…それから、メンバーは、隼人と山本だけでいい。」


リボーンの黒い目が、明らかに“面倒そうな組み合わせだ”と語っていて、俺は思わず笑いそうになったんだけれど、
、仕方ないじゃないか、と軽く肩をすくめて説明してやる。


「お兄さんにはイタリア行って貰ってるし、ランボは別件任せちゃったとこで、クロームも帰ってきたばっかり。それに“風紀”組に貸し作ると後が怖いしね。」

「随分余裕じゃねえか。」

「余裕…?」


言った自分の口端がすうと上がり、俺は細い目をして笑ったように思った。
そういえば、いつからこんな風に笑うようになったか考えたみた。(でもすぐにやめた。)

それと一緒に、リボーンの目が、すいと引き締められたのが見える。
それは、彼が躊躇いなくその小さな指で引く、引き金の形によく似ていた。
(彼が怒ったとき、この顔になるのも俺は学んだ。)(…おれも自分で、嫌な笑い方だなあとは、おもってるよ。)


「俺の両腕を差し出しているんだよ?これ以上無い選択だと思うけど。…それに、」


ゆうらりと、胸の裏側に吹き溜まる、うっすらとした黒い煙。
いくら吹き消してもゆらりと立ち上がるそれは、段々と俺の脊髄を蝕んでいくような気が、して。


「あいつらより、怖い連中が動いてる。…嫌な予感がするんだ。」


俺の予感に関してだけは、リボーンが信頼してくれているのを俺は知っている。

リボーンも“白と黒の連中か…”と呟いたけれど、
それでもやや納得のいかない顔で小さく息を吐いて、帽子を目深に被った。
俺は、行ってらっしゃい、と手を振りながら口を開く。


「銃弾は、二発でいいよ。無駄にしたくないから。」


ああいう連中は、頭を叩けば全ておわるよ、と笑えば、
リボーン様から、…誰に向かって言ってやがる、と力強い御言葉。

彼が机の上から、ぴょん、と飛び降りた拍子に、
飲みかけの冷めたコーヒーカップが揺れて、
俺は、思わず彼を振り返る。


「そうだ、リボーン。それ伝えにいくついでに、隼人にコーヒーお代わり淹れてくるように言って。」


とことこ、という余りにも軽い足音がぴたりと止まって、
深い深い溜息が聞こえると、
、オマエが淹れろ。と底冷えするような声で一蹴された。(ケチ)



扉へと向かう彼の、変わらない小さな背中が、みえて。
そのまま扉の向こうに消えてしまうと思ったそれは、
意外にもその小さな足を止めて、姿に似合わぬ深い溜息を吐く。


「本当に、テメェは可愛げがなくなったな。」

「どこかの優秀な家庭教師様の御陰でね。」

「…教育のし直しが必要か。」


舌打ち混じりにそう言った彼に、俺は軽く肩をすくめるだけだ。
しかし、それを帽子の影の中で捉えたらしい彼は、
その隙間に顔を隠して、呟くように言った。

それは、言うのも躊躇うようでもあり、諦めたようでもあり、
いつものように呆れているようでもあり。


「、オマエも、アレも。」


そんな彼が、アレ、という存在は、俺の右腕以外に存在せず。

その意図するところが、
主と部下らしからぬ関係にあるのか、
それとも、彼への俺の甘えすぎた態度か、
彼から俺への妄信的な忠誠心その他諸々略して、愛(…だと、彼は部下たちに胸を張って言い放ったらしい。)(…あ、ほんと今度ちょっと一発殴ろう。)に対してなのか、俺には、わからないけれど。


「隼人は落ち着いたじゃないか。もう所構わず爆破しなくなったし。」


懐かしいなあと吹き出せば、
彼は、気付かない振りをしながら笑う振りをする俺に、
…ガキが…、と呟いた。


「リボーン。」


今度こそ扉の取っ手に手をかけようとした彼を呼ぶ。
その音は、声変わりだってしてしまったし、少しは大人になったし、
けして昔のように、部屋に響いたりなんかしなかった。だけど。


「変わらないものなんて、ないだろ。」


彼の、ちいさな、手が止まる。
ずっと、俺の側に在り続けた、その手が止まる。


「この世界に、変わらないものなんて、けしてないんだ。」


一瞬、

まばたきをする暇も、息を吸う瞬間すらも与えられず、
一瞬の内に、俺の背中はデスクに叩きつけられていた。

俺のネクタイを握りしめて俺の肩に乗り上げた彼が、
、彼、という存在から這い出した声で、囁く。


「……お前は、俺に、それを、言うのか……。」


黒い、黒い、目の奥から打ち放たれた弾丸が、
俺の目の奥を寸分のズレもなく打ち抜いて、脳髄に突き刺さる感覚。

怒りに、それとも、また別の感情で、微かに震える小さな手が、
掴んだ俺のネクタイを震わせて締め上げた。
それは、彼の中に在るくるしみの、ほんの僅かにこぼされた歪みだ。

その深さと、痛みと、俺の量りし得ないその重みに、
彼は(彼等は)、果てしない想いで耐えてきたのだろう。


けれど、おれたちは、もう、知っている、知っているはずなのだ。
、変わらないものなんて、無いんス、
言って、彼が笑った。


だから、俺はその闇を見返したまま、息を吸う。



「リボーン。お前、最近、溜息増えたな。」



…老けたんじゃないのか?
そう笑えば、
ややあって彼は、俺のネクタイを掴んでいた小さな手を緩めて、小さく舌打ちした。


「…ダメツナのくせに。」

「“ダメツナ”かぁー…。そう言ってくれるの、リボーンくらいになったなあ。」


けらけらと笑う俺に、再びリボーンの溜息が聞こえて、俺は安心する。

余りにも目まぐるしく変化してゆくおれにとって、
リボーンという不変は、否…、微々たる変化でゆっくりと歩いている存在は、
大きなブレーキであり、俺を映す鏡であった。

おれは毎日それを見て、おれの姿を確認する。

日に日に醜くなってゆく、おれのすがたを確認する。

俺はその事に、よし、これで昔には戻れないのだと、毎日確認する。

確認して、絶望し、同時に安堵しながら、俺は笑う。

そうして、リボーンが溜息を吐いて、そんな俺を“ダメツナ”と罵るのだ。



ギィイ、と閉まり掛けた扉の隙間で、彼が言う。







「てめぇの棺桶の前でも言ってやる。」

「うん。有難う。」








絶望を有難う。
微かな希望を有難う。

有難う、有難う、さよなら、おれの家庭教師。











・・・ばたん。






















閉じた棺に、吐き捨てる。




















「…この、ダメツナ、が…っ。」



















6 , あ な た に 会 え な い






〜08,07,15

未来編に続くまでの、勝手な夢物語です…。
リボーンたちが、しあわせになれますように。