ぴしゃりという水音と共に、
白い壁に朱い飛沫が描かれる。
骨を砕く鈍い音が腕に伝わり、その口から呻きと血痰と唾液が散り、
それがこれ以上白い壁を汚さないよう顎を蹴り上げて、地面に転がして。
/てめえ生意/気なんだよ何/が風紀委/員だ中/坊の/く/せ/に/
数分前まで耳障りなノイズだったそれらは、
今では皮膚が筋肉が骨がぶつかり砕かれ、
怒声に罵声が加わり、悲鳴が呻きに変わり、
音は血となり唾液や胃液や吐瀉物にまで変貌ししかし変わらずに撒き散らされて、
耳障りどころか、目障りな騒音に変わった。
「校舎が、汚れた。」
俗に校舎裏と呼ばれるこの辺りは、お世辞にも美しい場所ではなかったけれど、
それでも雨風にさらされ薄く変色した壁や倉庫は、
確かな歴史を感じさせる、
うつくしい物であって、
このような物で汚されてはならない、尊いとさえ思えるのに。
視界に閃く、見慣れない制服たち。
踏み潰された、高校の校章。
(どこの学校だったか。)(興味はない。意味も無い。)
よわいよわいよわい
弱者だから群れる。
=群れるのは弱者。
=弱者は弱く汚く耳障りに騒音を撒き散らす。
=弱者は美しいものを汚す。
⇒なればこそ、
「群れる奴らは、噛み殺す。」
呟いて振り払ったトンファーが、男のあげたばかりの悲鳴を叩き潰した。騒音。
こんなこと、
ただ、教室のドアを開くようなもの。
椅子を引いて、自分の席に着くようなもの。
チョークで書いた文字を黒板消しで拭き取るようなもの。
全てが無抵抗で、呆気なく。
意味の無いこと。
意義も無いこと。
とても無意義。
…とても有意義
な事、について考える。
もっと、ゾクゾクと胸を背筋を躍らせる事について、
鮮明に記憶される事について、考える。
まずは、やはりあの赤ん坊だった。
あれに埋もれたもののなんと恐ろしいことか。
そして、過ぎる、
屈辱、
僅かな興味、
暇潰しにはなりえそうな群れ、それから…。
脳内を掠めた、金の髪。
こちらの動きを紙一重で受け流す、あの鞭を操る、手が、
攻撃を喰らいながらも崩すことのない、こちらを見据えて笑いさえする、目が、
こちらの黒髪を気持ち良さそうに掬い上げる指と、
きれいだなあと呟きながら髪に口付け緩やかに笑う視線が、
同一である、だなんて。
苛々する。
相手の鳩尾を蹴り上げる。背後から怒声(=不快)。右腕を一閃。悲鳴。感触(=不
快)。半歩身を逸らしたけど背中に生温い温度が僅かに掛かる(=不快)。逃げようとし
た者。通り抜け様に踏みつけ、蹴り飛ばす。裏門の方にやったつもりが、あがいたのか倉
庫に突っ込む。使わなくなったハードルや点数板が崩れる音。埃。(=不快。)
、苛々、と、する。
=不快!
窓を開けたい。
新鮮な空気に、清潔な白いカーテンが揺れて、
革の匂いがする少し固いソファーに座って、
先日封を切ったばかりの紅茶(オレンジショコラ)を煎れる。
さらさらとカーテンが揺れて、草壁辺りが用意したらしい餌皿を小鳥がついばんでいる音、
体育教師の掛け声、ボールの音、授業の微かなざわめき、遠い音楽室のピアノ、近くの通
りを走る車、響くチャイム、そして…、
唐突に流れ始める校歌に、自分は思わず息を飲んで(本当に少しだけだ。)、歌い続ける
ケータイに手を伸ばし、
わざとらしい溜息で、電話を…。
がしゃん、!
誰かがフェンス部分にぶつかったらしい音に、現実に引き戻される。
(=本当に、不快。)
そうして、
溜息と共に、「下らない用なら噛み殺すよ。」と言うこちらに、
「つれねーなあ、国際電話って結構高いんだぜ、きょうや」
そう言って、
楽しそうに笑う、あの声が、鼓膜を震わせる感触を思い出し。
ひらりと、
目の前を掠めた金に、一瞬右手が固まった。
そのまま、どしゃりと倒れた金は、
しかし脳裏に焼き付いたそれとは似ても似つかない、
脱色し、痛み、汚れて、みすぼらしい、ただのそれであったので。
(一瞬でも右手を止めたこの事実を、どう呪えばいいだろう。)
がしりと髪を掴んで、引き上げる。
「この金髪、校則違反だね。」
薄く笑いすらしているこちらに、
男の喉が震える。
「風紀が、みだれるから、」
さらさらとそう言った。
サラサラとお世辞にもいえない髪が、酷く汚く思えた。
本当に、あれは、さらさらと、指を滑り落ちるというのに、
…“本当に”、とは、何だ?なんだ、なんだ、なんだ。
こころ どろどろ ぐるぐる 廻る。
噛み殺す、噛み殺す、かみころす、髪、
「ころす。」
躊躇わずトンファーを振り下ろす。
がづり、という感触。撲る、という事への行為に対して、刻まれる感触。
高尚な事は考えない。けれど、これを忘れてはいけないという事だけはなんとなく、思っている。
、どしゃ、り。
男が倒れる。
誰も起き上がらない。風が校舎を撫ぜる。久し振りとも感じる、静寂。、その瞬間、
耳慣れたメロディが、響いた。
僅かな振動音は、自身の胸ポケットから、で。
取り出したディスプレイには、
あの人が、これ!俺の番号だからなー!、と笑いながら、
人のケータイをいじって、勝手に登録していったその、名前。
「…もしもし。」
「よう、きょうや!今、平気k「平気じゃない。用件は何?」
(笑い声と共に揺れているであろう金の髪が瞼の裏側でちりちりとひかった。ああ、どうしよう、何故それは記
憶の像でしか無いのだろう、会ってそれを殴り飛ばしたい、そうすればこのわだかまりもきっと解けるだろう、に、)
その声は、今日も笑うのです。
「俺に会いたくて、しにそう?」
しにそうだ、はやくにぶいその感触をこの手に伝えて骨に伝えてそうすれば、
「噛み殺すよ?」
みどりたなびくなみもりの、
だいなくしょうなく、
きみが、いい。
( 本 日 も 鮮 や か に 笑 い ま す 雲 雀 恭 弥 の 憂 鬱 。 )
〜07,09,18
…誰かさんとこで、DHにときめきを覚えてしまった時の産物。
DHさえも、しょうじょまむが。。。
しょうがないよ!遠恋だもの!!!