「クローム、俺のものにならないか?」
薄く微笑みさえ湛えたその首には、突き付けられたこちらの三尖槍。
参ったと上げられたはずの両の手に彼の武器であるグローブは無く、
部下達もまだ自分の侵入に気付いた気配がない…。
開かれた窓。夜風を孕むカーテン。彼の眼に映る上弦の月。
その光を照り返す、三本の槍と白い首筋。
それは、この男にとって絶対絶命の状況だった。
それなのに、
彼はその琥珀の髪から覗く眼に、月面に浮かぶ女の横顔すらを映して、笑う。
僕は、寒気さえ覚えるその壮絶に美しい景色を振り払うように頭を振った。
乾いた舌を動かして、呆れたような台詞を音に乗せても、
わずかに震えているのはこちらの喉だった。
「…何度断れば、貴方は理解して下さるのでしょうね、ボンゴレ。」
「貴様が何度も断るから、俺が何度も繰り返しているんだろう。」
するすると鼓膜を擦り抜ける声は、何処までも月のように柔らかく朧で、
その命すらがこちらの手に掛かっている状況であるのに、
僕の背筋をつうと伝い落ちるのは、冷たい汗だ。
僕は、それを振り払うように、汗で滲んだ手で槍を構え直し、首を振る。
「理解出来ませんね、ジョット…家康、と御呼びした方がよろしかったでしょうか?」
「その名は引退してから呼んでくれよ。今は未だ、いつもどおりに、ボンゴレとでも呼べば良い。」
まるで世間話でもするようにそう言った彼は、ふふふと笑った。
もしも普段なら、肩でもすくめていただろう。それほどに、彼は、自然、だった。
僕は、それを分からせるように、彼に、僕自身に、解らせる為に、確かめる為に、槍を突きつけた。
さらされた彼の真っ白な喉に、ふくりと小さく赤い雫が生る。
初めて目にしたそれが、あかい、ということに驚いている自分が酷く可笑しかった。
しかしそんな時にこそ、
彼は、静かに、哀しみさえ潜ませた音で自分を呼ぶ。
「お前はいつも死んだような眼をする。それでは“骸”だよ、クローム。」
「僕にとって、生きているか死んでいるかは、大した問題ではありません。」
そう言って見返した彼の目は、それでもその静けさを満たしたままで。
それは初めて彼が僕のせかいにあらわれたそれとおなじ色で、
(僕にはそれが哀れみなのか悲しみなのか蔑みなのか何という名前で呼んでいいのかすらわからない、という、のに、)
「地獄に堕ちた僕を引き上げたのは、他ならぬ貴方だ。この苦行を与えたのは、貴方なんですよ…ッ!?」
わずかな感触とともに、
一筋、鮮やかな赤がその首筋に、線を描いて堕ちた。
かれがわらう。
赤い唇が美しく笑む。
「そうだ。貴様が欲しいから、俺が生かした。」
、それ以上の理由が必要か?
あくまでも柔らかなその音が僕の鼓膜に触れ、
その手が伸びる、触れる、温かい、その指が。
「良い眼だ。存在は虚ろで、朧げなのに、人はこれに惑わされる…。」
ふふふ、と彼が笑い、すうと顔をこちらへ引き寄せた。
その余りにも何気ない動作に流されて、一瞬、自分自身の武器の存在を忘れそうになって。
息を飲む。引き倒す。床に琥珀の髪が散り、ダンッ!と音が響いた。舌打ち。部下たちに気付かれたかもしれない。“守護者”と称される側近たちが来ては面倒だ。…早く留めを刺さなければ。/馬乗りになった上質なスーツの上。/はやくこいつを、/乱れを知らないスーツのシワ、髪の乱れ、/人を見下ろした事しか無い眼が、僕を見上げている、/とどめ、/あかい、ち、/いのち、/ころす、/ころせ、/ころさなければ、/僕が汚した。=僕しか汚していない。/這い上がる快感。/……いったいなん、の?/
「霧の中でも歩いているようなんだ。お前の、眼を、見ていると。」
ふうと、彼の瞼が閉じられた。
ゆっくりとした呼吸が伝わってくる。
まるでその幻想を楽しむように。
彼の、乱れのない心音が僕の手の下でことことと鳴り続けている。
それを聞け、とでもいうように、彼の両手が絡まって、
僕の左手は、彼の穏やかな鼓動と脈動に包まれた。
そのやわらかな手が、
全てを壊し、全てを創り、全てを呪い、全てを愛す、その両の手が、
僕の手を取り、そのまま引き寄せ、この指に口付けて。
「堕ちろ。そして廻れ。」
、俺と共に。
囁かれた音が鼓膜を侵し、脳を侵し脊髄を伝い神経を揺るがし、彼に握られた左手が、震えた。
それを見て、溶けるように笑う彼の背中に在るのは、上質な絨毯の敷かれた床などではない。
“底”だ。
全ての世界であり、世界の全てであるものの、“底”だった。
「ここまでおいで。」
わらう彼の声が、僕を見上げる眼が、この左手を包む手が、
窓から射した月光にとろける。
この鼓動は乱れない。
ただ、
僕の脈だけが、馬鹿みたいに音を立ててこの小さな身体を廻り続けるだけだ。
「ああ、良い月夜だ。」
呟きながら、眠るように瞼を閉じていく彼の緩やかな呼吸に合わせて、その上に乗ったままの僕の身体も揺れる。
彼の唇が触れた、左手の薬指が、痛むように熱かった。
僕は、笑った。
「、ク、フフ、ハハハ、!」
ア ト モ ス フ ィ ア
に 、 融 け る 。
〜08,06,18
※補足説明※
1.むっくんの、いちばん最初の名前は「クローム」である。という妄想。
2.「骸」という名をつけたのは、プリーモ様であればよい。という妄想。
3.(多分、むっくんの能力とかも一役かったんだろうけど)、プリーモ様は、
しんじゃった人だって輪廻めぐらしちゃうよ、だって栄えるも滅びるもすきにしろ、だから!という妄想。
4.むっくん→プリーモ。だけど、プリ骸。完全に骸の一人相撲なんだけど、そんだけプリーモ様が壮大。という妄想。
5.既に、プリーモ様には、荒々しく吹き荒れる彼氏というか下僕という犬がいてもいいと思っている。というお呼びで無い妄想。
6.忠犬どころかリアルに主と僕だったであろう、初代・嵐さんのことは、「嵐の、」と呼ぶ。という巡り過ぎた妄想。
7.その他、文字数と諸々の関係上、割愛。という現実。
有名すぎるあの名曲の一節を聴いた時に。
プリーモ様に恋をし過ぎて。