午前の仕事を終わらせた後の、ほんの少し遅いランチタイム。
本来ならば、夕方までのこの長い休憩を満喫しようと、
食後の珈琲を飲みながら読書でも楽しんでいるはず、が…。
昨日の幸せそうな溜息とは打って変わって、奴は呆然と溜息を吐き出して呟く。
「ご兄弟がいたなんて…」
「後二人いるらしいぞ。」
ぱらりと雑誌をめくりながらそう言えば、
奴は弾かれたように俺へと向き直り、感極まった表情で口を開いた。
「お、俺の為に調べてくれたのか?!」
「・・・・・・・・。」
「すいません無視しないでくださいおねがいしますごめんなざい。」
Merry Christmas, Mr.Lawrence !
on Third Night.
〜桃色★全力片思い〜
温くなったラテを手の中で弄んでしばし。
奴の俯いた視線はずるずると落ちると、
ついに額がごつりとテーブルに着地して、更にごりごりごりと擦り付けられた。
ヘッドギアがギリギリと音をたてて五月蝿い。
「お兄さまに、嫌われてしまった…。」
この世の終わりのような声を絞り出す奴を一瞥する。
嫌われるだなんだの問題だろうか。
カイ=キスクが関与したという事件の噂。
聖戦における政府の闇歴史。アンドロイド。
似ている、というには余りにも似過ぎている造型をした“従兄弟”。
他の兄弟、更に本物のカイ=キスクが、もしもこれと同じ造型だったのなら…?
「お前、あれ、は何だと思う?」
奴はこちらを向くと、何度か瞬いて答えた。
「…ご兄弟なんだろ?」
「そうじゃない。オリジナルのカイ=キスクの…、」
尚も続けようとした俺を、
奴の真っ直ぐな眼光が射抜いて。
「彼等は、“従兄弟”と言っていた。」
思わず言葉を切った俺を、奴の目は真っ直ぐに、
威圧するでも批難するでもなく、ただ、真っ直ぐに見詰めている。
「俺達からどう見えたって、彼等が“兄弟”だと思っているなら、そうなんじゃないのか?」
けろりと言われた言葉に、
俺は、溜息をひとつ。
奴は、に、と笑った。
本当に単細胞の考える事は、
単純で明快で爽快ですらあって、
俺にはそれが堪らなく素晴らしい事に思えるのだ。
絶対に口にも態度にも出してやろうとは思わないけれど。
「…あと二人、嫌われないようがんばれよ。」
「あああああ俺はどうすればぁああああああ」
再び雑誌へと視線を戻しての俺の言葉に、
奴が大仰に頭を抱え、天井を仰いだ、刹那。
「うわっ、あっ、す、すみません…、!」
奴の背中から聞こえた、その聞き慣れた声に、固まる。
俺達と寸分も変わらない波数の声と一緒に揺れる髪は、漆黒。
そして、そこから俺達を申し訳無さそうに覗く瞳も、
俺達と同質である事を示す、赤、で。
どうやら先程から声を掛ける機会を窺っていたらしいそいつは、
強張っていた青いジャケットの肩の力をゆっくりと抜いて、
俺達へ、やはり申し訳なさそうに、笑いかけた。
「、お久し、振り、です、」
「へぇ〜〜〜〜〜〜〜〜ぇえ…。サブに悪い虫が。」
にやぁりと、実に実に楽しそうな顔で笑ってみせたのは、
我が兄弟・次男にしてその名を二郎兄さんであった。
それに力強く頷いたのはテーブルに両肘をつき、手を口元の前で組んだ、はじめ兄さん。
分厚い瓶底眼鏡によってその蒼眼は隠されて見えないが、
厳しく引き締められた眉が、事態の深刻さを物語っている。
「…うふふ、何処の馬の骨だか知らないけど、
うちの弟にあんな事したりそんな事したりしたかもしれない罪は償わせてもやらないよ、うふふ。」
「…別に何もされていないのでは?」
掛けて来いと言われた“入るな!只今家族会議中!”の札を
ドアノブに引っ掛けながらそう言えば、
兄さんは優雅にティーカップを傾けて、口を開いた。
「…ヨン。殺人は未遂でも罪でしょ?事件は起こってからじゃ遅いんだよ。事前に防ぐ事が大事なの。」
実に素晴らしい意見だが、
二郎兄さんのとろけんばかりの笑顔が添えられると
微塵も賛同したくなくなるのは何故だろう。
「今日から厳戒体勢でいく。」
どん、と湯呑みをテーブルに戻し、はじめ兄さんが低く告げる。
「出会う野郎という野郎を、敵と思え。」
地の底からはい上がるような音で掬い上げるようにこちらを見る、
ちらりと眼鏡から覗く兄さんの目は、
ギラギラと渦巻く、赤であった。
「二人は、これからどちらに?」
街中から郊外へと足を進める俺達に、怖ず怖ずと彼はそう聞いたのだが、
先頭を早足で歩く奴が、無駄に元気良く答える。
「いや、とりあえず、お兄様に誤解をといておかないと!!」
「誤解?」
「俺があのこを狙ってる不貞な輩だと勘違いされてるって事だ!!!」
「…違うのか?」
「ちがう!!俺は、俺はただ、その、あのこと、こう、
一緒に公園で手作りの弁当を食べたりとか、
互いのトリプルアイスを一口ずつ交換して六個の味を楽しんでみたりとか、
あああ余つさえ、て、て、てててをつないでみたり、とか!!
そういう、清らかなお付き合いを!!!」
「要するにそういう事じゃねぇか。…先ずは既成事実だな。」
「…き、?!!!!!!!!!!」
がんばれよ、と肩を叩いた俺に、奇声を上げて奴が停止する。
そして思考が付いていかず遂に頭から煙を出し始めた奴を、
ぽかんと見ていた彼が口を開いた。
「その、俺の勘違いだったら、悪いんです、けど、まさか…、」
、彼は、恋、を、?
その唇がそう象ったのが分かって、俺は酷く嫌そうな顔をしたようだった。
改めて目の前に突き付けられた事実は、面倒臭い以外の何物でもない。
しかし、その沈黙と俺の酷い表情からそれを肯定と受け取った彼は、
ゆっくりと、ホッとしたように笑んだ。
「素晴らしい、事です。…あ、不謹慎ですが、俺は本当に嬉しい。」
「…俺も、素直に喜んでやりたいところなんだがな。」
「?と、いいますと、?」
「相手は男だ。」
はっきりと言った俺に、同じ目線の彼が、へ?と間抜けた音を出して固まったのが見えたが、
俺は、更に…、と続けながら視線で奴の方を指した。
瞠目したままの彼も、ぎぎぎと音を立てながら、
邸宅のドアの前で深呼吸をしている奴へと向く。そして…、
りんごーん。
「す、す、すみません!!!!!お、おれ、いや、わたくしは、」
間もなくして、がちゃりと開く扉。
そこから覗いたのは奴の想い人ではけして無く、
にゅ、と伸びるのは実に便利そうな細長いノズル。
次に見えたのは、
それが繋がる如何にも手の中にフィットしそうな黒い缶。
そして、
その缶にデカデカと書かれた文字は、
“一撃瞬殺★これでイチコロ! Gジェット(お徳用)!!”
「いらっしゃ〜〜〜いvvv」
底冷えする声と、底冷えする笑顔と共に、
遠慮も容赦も慈悲の欠片すら無く、零距離噴射されたそれに、
奴は、
その栗色の髪に紫の瞳を輝かせた青年が、想い人の兄か弟なのか、
それすら確かめる事も出来ず、そして勿論、悲鳴をあげる事すら許されず、
地面へと沈んだ…。