大切なことは、三つだ。


音を立てない。
現場を汚さない。
そして、ただ、素早く行う。



どうしたら相手を暗殺出来るのか。


それだけが、僕の学んだ、全て、だった。













あたたかい、肉筋肉骨内臓、を貫いた、
刀身柄指先掌腕筋肉全て、から伝わる“生”の感触。

そして、
それが“死”の感触へと急速に変貌していく、感触。


それは僕が、
こいつの生を奪った
=生体機能の中心核を破壊して生命活動を停止させた


=殺した


という、感触。




それだけが、僕に生を感じさせる、瞬間だったけれど。




『実験終了。トータルタイム17,85s。これよりデータ分析に移ります。』



無機質なアナウンス。
無機質な作業。

毎日繰り返される無機質なこれに、一体何の意味があるというのか。


僕は、足元に転がった合成獣
(多分、虎と鳥か何かだ。知りたくもない。)
を蹴飛ばして歩き出した。



いっそこの真っ白な実験場全てを赤い体液で染め上げてやれば、
少しは気分も晴れるかもしれない。

しかし奴らが造ったあの獣とはもう呼べないアレは、
まだ赤い血が流れているのだろうか。

案外、緑や紫だったりするのかもしれない。
(あの悪趣味な白衣の連中ならやりそうだ)


この連中は、実にこの建物(特にこの実験場だ)に似合っている。


汚された事の無い白い壁は、
美しいなどとは全くの無縁で、ひどく醜い。


実に、実に、醜悪な“白”だ。




『記録に波があるな。反射速度が大幅に落ちているぞ。』




ノイズ交じりに聞こえてきた声は、いつもの男。

遠くからでも、すぐ分かる。

長い白銀の髪と白衣を靡かせるその男は、ここのトップの人間らしい。
その為、いつもいつも僕に直接命令を下してくるけれど。


汚いものでも見るかのような、あの、
翠の眼、に、


僕はいつも、あの御自慢の髪を引っ掴んで切り刻んでやりたい衝動に駆られるんだ。



『申し訳ありません。貳号の気分が乗らないようで…、』



慌てて答えたのは、白衣の誰か。
(聞いた事あったかもしれないけれど、いちいち覚えていられない。)

スピーカーから、ち、と短い舌打ちが聞こえて、
僕はとりあえず部屋を出ようとしていた足を止める。

いくらこのまま待っていたって、どうせ扉は開けてくれないのだろう。



『暗殺機械がその日の気分で失敗しました、ではすまされないんだぞ?!…やりなおせ。』



申し訳ありません、
スピーカー越しに、何度も謝る声と、ばたばたと配置に戻っていく足音が響いた。


思わずとも、溜め息を吐き捨てて、
開いてくれなかった壁に背中を預ける。

円柱型に広がる、床も壁も天井までも白一面の、この実験場。

床に転がった何体もの合成獣で、距離感の掴めないこの部屋も、
何と無くいつもより狭く感じられたけれど、本当はそんなに広くないんだろう。

さっき、僕が蹴飛ばした死体から、
じわじわと床に広がる、
赤黒い体液が、見える。(あ、やっぱり赤だったんだ。)



ああそうだ。
この醜い白を容赦無く侵蝕していく
は、とても美しい。



スピーカーが、あの男の溜め息を、拾う。




『何が“心”だ。下らない。』





きたないものをみおろすあの翠のめ。

きたない僕。きたない白。きたない全て。






がちん、という硬い音と共に四方の扉が開いて、獣の咆哮が聞こえてくる。

僕は、静かに部屋の中央へと足を進めた。
かざした右手には、
きれいな色を宿した刀身。

研究員たちの居る窓を見上げれば、
あの男の若草の眼と、視線が合ってしまって。




なんて、醜悪な、白。




姿を現した可哀想な合成獣たちに、祈りをあげたい。
こいつらも僕も、きっとおんなじ。



どいつもこいつも、あいつらの、玩具なんだろう。



獣が大きく身を捩って吼える声は、悲鳴のようだ。
僕は、剣をゆっくりと構える。






「来なよ。死なせてあげる。」






かわいそうな、命。

かわいそうな、白。

かわいそうな、あの翠。


かわいそうな、この僕。





















その日、実験場は、初めてその壁一面を、 






深 紅 に 染 め た 。





















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