「…ト、トータルタイム…、4,16s …。最速記録、です…。」



半ば呆然と報告する研究員に、
みな互いに、実際に記録を見ていたにも関わらず、
いつもの何倍もの記録を叩き出したそれが、
信じられないといった表情で顔を見合わせる。


そしてそれは、実際の動きを窓から見ていた私が一番信じられていない。




真っ赤な軌跡が、一筋の迅雷を纏わせながら駆け抜け、一閃される。

吹き飛ぶ赤。

飛び散る赤。


赤、赤、赤、赤、赤。




全ては瞬きをする暇すら無く。




「ちっ、」


舌打ちと共に硝子を叩く。
研究員たちが我に帰り、息を飲んだのが聞こえたが、
そんなことはどうでもいい。


「貳号機の核に侵入し、運動系統の数値を今の記録に書き換えろ。」


慌てて動き始める彼等だったが、
一人がおずおずと口を開いた。


「修士…、あ、いえ、博士。それでは貳号機の感情中枢に影響が、」


先日授与されたばかりとはいえ、此の場のトップである「博士」の位を任されたのだ。
呼び名を間違えたことなどはどうでもいい。
もごもごと口を動かす研究員を睨み、はっきりと言い放つ。
(そういえばこいつは、あの男を尊敬しているようだった)




「構わん。“人形”にそんなものは、いらん。」




どいつもこいつも、なんという眼をしているのだろうか。


よく見るがいい。
あれは、何処までも人間らしいカオをするだけの、“人形”じゃないか。

破損すれば、その部位を修理し、交換し、それを繰り返しているのは我々自身だというのに、
どうして“あれ”を人間か何かのように扱うことが出来るというのか。




これが、あの男、の毒なのだ。




我々は、否、少なくとも私は、

“お人形遊び”をする為に此処にいるのでは、ない。


「博士!」


半ば悲鳴のようなその声とビービーと響いた警報に、
弾かれたように振り向けば、画面一杯に広がる赤い「ERROR」の文字。



「核にロックがかかっていて侵入出来ません!」



全員が驚き、息を飲んだ音が聞こえて、私は唇を噛んだ。




壱号の創作者。
この生物学と科学の学会の中でも、
神とさえ称されたその才能。

先日、全て破壊されてしまったデータでさえ、
あの男はたったの三日とかからずにその復旧をやり遂げ、

更には、


あの、貳号機。


博士が何処かから持ち込んだそれに、
あんなに停止させろと五月蝿かった上の連中も、
逃走時に見せた、壱号の破壊力、機動力に眼をつけたのか、
その起動許可を下ろしてしまった。


それらのお陰で、博士は学位を剥奪され、失脚。
だが、追放される筈だった処分も軽減され、
ただの学士として、今も尚この研究に携われるなどと…。



騙されるな。



あれほどの緻密且つ膨大なマザーデータが、零からあの短時間で復旧出来る訳が無い。

そして、
その直後に、新たなマザーデータから作り上げたと報告された貳号機。


確かに、新たに摂取した壱号機のDNAを使用しなければ完成は出来なかっただろう。
だが、あんな短期間で完成させるには、その大本は大体完成していなければ、不可能なことだ。


これ等から導き出される答えはただひとつ。





あの男は、隠しているのだ。





マザーのコピーとなるようなデータを。


そして、

壱号機とほぼ並行して貳号機を製作出来るような、
部屋を。




恐らくは、
このデータのロックも、そのマザーコピーも、奴の全てが、その部屋に、有るのだ。




開けてはいけない。

まるで、
この世の驕り、知識という名の悪魔、疫病のような彼の毒。
その全てが詰め込まれている、


、パンドラの匣、
のように。




「早く、早く見つけなければ…、」




それさえあれば、私が頂点に立てるのだ。
それすらも出来なければ、私は、ずっとあの男より劣ったままなのだ…!

自分の視界を侵す白い髪を跳ね除けて、実験場を見下ろす。



文字通り、血の海に佇むのは、その海水に塗れた、貳号機。



地獄絵図と化したその海の中から、
その両の目だけが、あの輝きを失わずに、こちらを見上げていた。







あの男と同じ、忌々しいほどの、
紫の瞳、だ。






















next.




02,人間失格