こち、こち、こち、こち、


静かなリビング。
ただただ秒針の音だけが響き渡る空間で、
俺は目を覚ました。


前身を跳ね起こすと、かけてあったブランケットがずり落ちて、
そこがソファの上であった事に気付く。


ぱたぱたと駆け寄ってくる足音に振り返ると、
安堵の表情を浮かべたカイの姿があって、
俺は、ほっとして息を吐いた。


あの後、家に帰ってから、
俺は多分、転寝してしまったんだろう。



ふと、
気配がひとつ足りない事に気付いて、

やはり俺は弾かれたようにソファから立ち上がった。



「ソルは?なんでいないんだ?!」



少し言葉に詰まったカイに、思わず俺は彼の肩を掴む。



「“あいつ”を、追ったのか?」



だが、カイは、はっきりと首を横に振った。
その事に、肩から力が抜けて、
俺は、慌てて手を放して、すまないと呟く。

彼は、いえ、と返して、言葉を続けた。




「ですが、妙な気配を感じた、と飛び出して行ってしまって。」




ギア、では無い、と思うのですが、それにかなり近い、気配でした。

そう言って言葉を切った彼は、
俺にソファへ座るように促す。


カイの話では、ソルが飛び出して行ってから、まだ五分と経っていないらしかった。

ギアに近いその気配というのも、
郊外の辺りからだそうなので、
少し距離も有り、彼には具体的には掴めなかったようだ。


だけど、




「その“妙な気配”ってのが、“あいつ”と無関係じゃ、無いかもしれない、って、事だろ。」




言って、カイの顔を窺うと、
彼はやはり眉根を寄せて、唇を噛んだ。


俺が、追うな、と、願ったことを、ふいにしてしまった事に。

だがソルの、ギアに対する大きな想い
(俺は知らない)を知っているから、

カイはソルを止めるような事は、しないんだろう。
今回も、(多分、これからも、)




「気にすんな。」




そう言って彼の頭を軽く小突けば、

カイは少し驚いた顔でこちらを見て、緩く笑ってくれた。




瞬間。

“彼”に、掴まれた、あの、右肩が、焼けるように、
痛んだ。




「ぐッ…!」


突然肩を抑えてうずくまる俺に、
カイが何か声をかけているけれど、聞こえない。


飛び散る赤。
痛み、恐怖、狂気、そして
絶望。


身体の奥から一気に流れ込んできた、この大きな波は、なんだ ?



周囲の音が一切消え、全てが遮断され、隔離される感覚。


其処には誰かが居た。

誰かが、俺を、呼んでいる、のか?

囁くような小さな声が、聞こえる。







  た す け て  







俺は、

心配そうな顔で俺を見下ろしていたカイの腕を引っ掴むと、

未だつきつきと痛む右肩を抑えながら、彼の家を、飛び出した。






















「…なんだ、こりゃ。」


その光景は、一言でいうならば壮絶だった。


白塗りの壁に囲まれた路地裏は、深紅に染め上がり、
建物の一角は、崩れ落ちてさえいる。

しかし、
わけがわからないのは、あちこちにちらばった動物の屍骸。


バラバラな上、未だ煙を燻ってさえいて、
原型の留まってないものすらあったが、


先程感じたギアにも似た気配。


それがこれだ。



「合成獣…、」



呟いたそれは、
生物実験などで行われるもの、だが、

主にその失敗作、としての意味合いで使われることの方が多い。


使い道としては、耐毒実験などの実験体としてぐらいしか思い当たらないが…。


どうしてそんなものが此処に転がっているのか。


そして、
この合成獣たちは、あまりにもギアの構成に、酷似している・・・!






「…調べてみる価値は、有る、か。」






そう呟きながら、封炎剣のグリップを握る。

この光景を、すべて灰にする為に…。



























「大丈夫か?!」


こちらの無傷な方の肩を掴んで、
必死に呼びかけてくるその姿は、

ぼんやりとした景色の中でも、はっきりと飛び込んできた。

しかもそれが、

今しがた僕が殺そうとした、あいつ、だったんだから、尚更だ。



「え、」



呆然と声を零した僕が意識を取り戻した事に、
心底安堵した顔で、
彼は何処かへ声を張り上げた。



「カイ!こっちだ!来てくれ!!」

「な、」



僕が言葉を発するよりも早く、
こいつと同じく、やはり息を切らして走ってきたのは、
オリジナルの姿。


「良かった、間に合いましたか…!」


駆けつけたオリジナルとそいつは位置を交代して、
しゃがみこんだオリジナルが、
あろうことか僕の千切れ掛けた右腕を、治癒し始める。


もしかしたら、僕はやはり死んでしまって、ここは天国か地獄か何かであって、
そうすればこれは幻か何かだと言い訳がつくんだけれど。


生憎、
僕の腕の痛みも、未だぼやける視界も、
暖かいひかりに包まれた右肩の傷口も、
心配そうな視線を真剣に向けてくる二人の視線も、


すべてが、現実であると物語っていた。



「なんで、」




僕の声に、二人が顔をあげる。


幻でないのなら、夢でないのなら、

どうして二人は、
殺そうとした
化け物なんかの命を、救おうとしているの。




だが、そいつは、
軽く頬を掻いて、僕にこう言った。





「なんでって、お前が呼んだんじゃないか。」





僕が、 
呼 ん だ  ?




視線だけで問い返せば、彼は少し困ったように微笑んだ。
(そしてオリジナルは、そんな僕達を何も言わずに見ている。)





「“助けて”って。」






俺を、呼ぶから。
そう返された言葉に、僕は驚いて何も言えなかった。

彼は、静かに続ける。


「それまでお前の気配は何も感じてなかったから。
いきなりで驚いたけどな。ただ事じゃないだろうって飛び出してきた。」



そう言って笑うその笑顔が、本当に安堵していることに気付いて、
それは、僕が無事であること、への安堵、だ。
そしてオリジナルが、
僕の腕を治そうと、僕を、生かそうとしていることに、気付いて。



僕は、眩しい世界に目が眩んで、逃げるように視線を落とした。






無意識の、内に、

、こいつに、たすけを求めていたと、いうの、か、僕は…、。







ずっと、
恨んで、妬んで、羨んでいた、こいつ、に。







「、馬鹿、みたい…。」







そう呟いた言葉に、

彼が、その掌で、僕の頭を、くしゃくしゃと、撫でる。




「悪態は後でいくらでも聞いてやる。…だから、」




それは、いつかあの
の目の男と同じ、あたたかい、温度、で。






「今は、助かることだけ考えてくれ。」






僕を見つめるその目は、やさしい、








 こんな、色は、 知 ら な い 。







「…う、ん、」








何だか喉が引き攣って、何か詰まったようになってしまって、
そのせいで僕の目は熱されて、


ぼろぼろと水分が溢れて止まらなかった。






きれいな、水。


きれいな、蒼。


きれいな、空。







僕は、きっと、
この色温度匂い、を、忘れることは、無いんだろう。



































「貳号機が、オリジナルに匿われた?!」


信じ難いその報告に、
だが、その報告をした部下自身も信じられないようで、
苦い顔で口を開いた。


「どう致しますか?オリジナルと必要以上に接点を持ってしまった今、
下手に貳号機を取り戻そうとするのは、危険ではないかと…。」


顎に手をそえて、しばし思考を巡らせる。
確かに、その危険は冒したくは無い。


だが、
貳号機は勿論、壱号機も、

このままにしておくわけには、いかないのだ・・・!



「そうだな…。今こそ、あれを、開くべきだろう。」



その言葉に、部下が顔をあげ、
期待に満ちた目でこちらを見た。



「…それでは、」

「ああ。」



短く頷いて、振り返る。




たとえ、
どんな毒を、振り撒こうとも、
恐ろしい病に、侵されようとも、



その匣を、開けなければ、私に勝利は有り得ない。









そして、

これで、終わらせてやるのだ。

あの男の、毒、の侵攻、を。











「プロジェクトXX、始動だ。」





















to be continued...







68.小夜時雨