ぱしゅっ、
くぐもった音と共にくずおれる男を、通路の奥に転がす。
その胸元からカードキーを失敬して、
私は新たなカートリッジを装填すると、
近づいてくる人の気配に、壁に身を寄せた。
「博士、カイ=キスク、壱号機、貳号機が到着しました。」
呼び掛けたその声に、
近くの扉が開いて答える。
「ああ、わかった。」
言いながら姿を現した、彼、と、
その靡く白銀に絡めとられたように後に続く、もう一人。
赤く虚ろに開かれて微動だにしない虹彩に、
私は銃を構え直し、彼等の姿が消えるのを待った。
そうして、今彼等が出て来たばかりの部屋、
先日まで私が使っていた部屋へと、先程のカードキーを使って滑り込む。
随分と綺麗にされた部屋に感動を覚えながら、
あれがこんなになるなんて。
実に綺麗好きな、彼、らしい。
いつもの本棚まで足を進める。
パスワードを入れて、
そっと口を開く。
もしもまだ、
私がマスターであるというデータを消していないのなら、
これは、動くはずだ。
そして、きっと、
、彼、は私のデータを抹消、出来ない。
これは賭けだ。
そして、
「 " GUILTY " 」
静かに落とした私の言葉を拾って、
いつもの電子音が答え、
扉が、開く。
ぽっかりと口を開けた、見慣れた闇に、
私は、少し苦笑したようだった。
「詰めが、甘いですねぇ。」
そんなところばかり昔から変わらない。
だけれど、
変わってしまったのは、
私なのか、
それとも、
彼、なのか。
私は階段に足を降ろした。
どちらでも、もう関係の無い事だ。
振り返る事は無意味である。
それが、
地獄から恋人の霊を連れ出す時の、唯一の条件であったように。
ただ違うのは、
私が、彼、を、
、彼、が、私を、信じるということが、
無意味である、という、こと。
そう、だから。
私たちは、ただ、
こうして堕ちていくしか、無いのだ。
罪に罪を重ね、更なる罪で色を塗ろう。
其れは、きっと、
どんな黒より美しい。
「お待ちしておりました、カイ=キスク殿。」
そう言って軽く会釈をしたのは、
一人の研究員だった。
少し懐かしい気すらする慣れた建物の正面入り口。
(といっても、俺はこの入り口を見た事は無い)
(此処から出る機会なんか無かったからだ。)
その扉の前で、俺たちを、
どうぞ、こちらへと言って案内役に立ったその男の態度、
そして奇襲をかけるつもりも無いらしく、
辺りに、俺達以外の気配は無い。
それはつまり。
隣に並んだ弟が、
これでもかという程に眉根を寄せて、
小さく吐き捨てる。
「・・・あからさまに、」
「罠、だな。」
言葉を継いだ俺に、カイも小さく視線だけで頷いた。
入り口をくぐれば其処は、いつも見ていた其処だった。
同じような四角い広間とそれらを繋ぐ四角い通路。
足音の響く灰色の床に、
ひんやりと熱を奪う灰色の壁、
そしてそれを見下ろす闇に齧られた灰色の天井。
空気さえ灰色に染めたこの建物を、
奥へ奥へと進みながら、
俺は無意識に、肩の力が抜けていく事に気付いた。
それは、少し後を歩く弟も同じらしく、
そしてそれが厭だというその想いも、同じなんだろう。
彼が、きゅ、と眉間に皺を寄せたまま、
少し足元を見て足を動かしているのが見える。
だが、それは当然の事なのだ。
俺達が生まれてからずっと、外に出ることすら許されずに、息をしてきた。
それが、此処だ。
此処が、俺達の、本当の“家”なのだ。
けれど、
先頭を歩いていたカイが、
ゆっくりと俺達を振り返る。
この灰色の中でさえ、光を失わない、まっすぐな、碧。
大丈夫です、
その瞳は、はっきりとそう告げて、いて。
俺は、
そして弟も、
、この色、を知ってしまった、から。
俺達は、静かに頷いてみせた。
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67.血盟:同志として、 互いの生血をすすり合って(血判などを押して)堅く誓うこと。