…話を、続けましょうか。


そう言った彼は、
俺に背を向けたまま、彼等へと言葉を流し続ける。
(その背中に僅かにだけ残る、緊張の色は、たぶん、彼等には見えてないんだろう)


「勿論、無償でその二体を引き渡してほしいとは言いません。
それ相応の礼は、させて頂くつもりです。 」


貴方が要求する額をそのままお渡ししても良い。
そう言って言葉を切った彼に、

だが、オリジナル、は、
(データでしか知らなかったけれど、きれいな眼をする人、だ、)
伏せた視線のまま、静かに口を開いた。



「…私が、そのような要求に、応じる人間だと思いますか。」



それは単調な音だったけれど、
俺の中に触れてくる、ちりちりと熱い色は、

彼の、
怒り、に間違いない。

何かに引火してしまったら、どうなってしまうのか、

俺は、熱された其の色が、脊髄を伝っていくような感覚を覚えながら、
ただ、その光景を見ている。

ただ見ているしかない・・・、



「…なるほど。」



静かにそう呟いた彼が、
ゆっくりとその目を伏せ、


そして、

もう一度開かれた時には、


いつもの挑むような、あの




「交渉決裂、という訳か。」



その言葉を合図に、
取り囲むように佇んでいた人間たちが、
一斉に銃を構える。



その銃口は、
外れる事無く、オリジナルへと集められていて。



「カイッ!!」



悲鳴のような音で、
貳号機が叫んで、
そして壱号機も息を飲み、だが迂闊には動かない。


それと一緒になって俺の中に一斉に入り込んできたのは、
当然ながら、二人の、焦燥、怒り、


そして、オリジナルが、

生命機能を停止してしまう=死んでしまう


、という恐怖。




「貴方の存在を快く思っていない人間は、少なくなくてな。」


彼が、オリジナルの方へと足を進めながら、
静かに言葉を流す。



「…貴方も、もっと愚かな人間だったら、よかったのに。」



嘲笑を含んだその音に、
二人の殺気が膨らんで、


けれどオリジナルは、静かに目を閉じて、
、人に、存在を疎まれるということに、彼は慣れてしまって、い、る、
と、彼自身思っているけれど、けしてそんな事は無い。

ぱたりと胸に垂れたその声は、俺の中にどんどん染みて拡がっていって。


そして同時に、
あの翠が、一瞬だけ、
俺を見ていた、あの切ない色を宿した事には、誰も気付けなかったんだ。

“貴方、も、”というのは、一体、誰と、比べて言って、いるんだろう、か。



オリジナルが、伏せた視線の儘、小さく口を開く。



「成程。それが目的だったという訳ですか。」



俺の中に入り込んでくるその熱い色は、
段々と更に熱を帯び、
俺は既に火傷でもしそうな思いだったけれど。

その色に溶け込んでいく、彼自身への“諦め”は、
一瞬の内に見えなくなってしまった。


、彼、の色にも、

オリジナルの、熱にも、


どうして誰も気付いてくれない…!


俺はいつの間にか“此処”から抜け出そうと、
必死に足掻いていたんだけれど、
それはいつものように、
ただの指一本も動かす事も出来ず、全くの徒労に終わる。


彼が、前に流れてしまった白銀を静かにかき上げた。


「幸い、貴方の代わりになる物は、そこに在る。」


言って視線だけで指された壱号機が、
ぎ、と奥歯を噛み締めるのが見える。


そして、怒りに震える唇が開かれた。



「お前ら…っ!」

「いい気にならないでよ!!」



叫んだ貳号機が、その手に封雷剣を現そうと腕を構えるのに気付いて、
彼が足を止めて、落ち着いたまま口を開く。


「參号。」


瞬時に起動した声紋反応の信号が全身を駆け巡り、

俺の足は音も無く一歩、二人へと進んだ。






そして、


脳を掻き回し始める周波数の音波を掻き集め、

二人が受信し易い数に調整し、

止せ、

増大させ、

駄目だ、

照準を合わせ、



やめてくれ・・・!



放つ。









「うわぁああああッ!!!」


凶器として飛び回る鋭利に光る電気信号たちに、
俺の思考回路が悲鳴をあげていたけれど、
(いくつかのデータが吹っ飛んだエラー報告が見える)


それ以上の痛みであろう二人が、
悲鳴を上げながら、崩れていく。

銃口を突きつけられた侭のオリジナルが、
初めて、弾かれたように振り向いて、二人を見た。


俺も、悲鳴をあげていたのかもわからない。

けれどこの身体は微塵も動いてくれないんだ。




“箱”に仕舞っておけ。」




白衣の腕で
“玩具箱”を指し示した彼の言葉に、
二人の身体が強張る。

そして、
すぐに脇に控えていた男たちが、二人へと歩み寄った。



「な、にすんだよ・・・!」



なんとか抗おうとする貳号機も、
全身の神経たちが麻痺してしまったのか、動けずに、
男に腕を掴まれる。

その憤りが彼の中で破裂しそうな程暴れているのが痛いほどわかって、
けれど、それでも俺は目を逸らすことすら出来ない。



「お前もだ。」



歩み寄った男がそう言って、膝をついたままの壱号機へと手を伸ばした、瞬間。


ノイズ交じりに脳裏を走り抜けたのは、
だれかの、声。


そしてこれは俺の記憶じゃない。
それならば、一体、



「ぁ、」



小さく声を零した壱号機に、
再び俺の脳に映像が声が音が写り込む。

これは、にいさん、の、きおく、?


その伸ばされた研究員の腕から逃れようと、僅かに身を捩った彼の視線が、
ふと、自分の足元、


床にうっすらと消える事なく残っていた、



転々と飛び散った、血痕、に、奪われて。





「何、を、した…!?」 「分かるだろう?」その舐めるような視線と外気に晒された首が、引き攣って絞まりそうだ。いっそ絞まってしまえばいい・・!こんなところも『彼』と同じだね、生温いその温度と、余りの嫌悪感に、俺の身体は僅かに跳ねた。だが、それすらも微かな動きで、そして、それすらもこの男を悦ばせるだけだった。 粟立つ自分の肌と、浅ましい自分の声を抑えようと、必死に歯を食い縛っていたせいというのもあるんだろう。 殺気を込めて睨み付けると、俺を見下ろした男は、その顔を愉悦に歪ませた。 「そう、そうやって、その瞳に私だけを映していればいい!」 唇が切れたのか、口の中に嫌な味が拡がった。 「君を私だけのものに!」 「離、せ…ッ!止めろォ!!」 身体中を徘徊するこの掌もそれに吸い付く


その映像が、


ようなこの肌も耳に付く卑猥な水音を立てる熱い棒を嬉しそうに扱くこの掌も荒くなるこの息も部屋に響くこの笑い声もいちいち跳ねるこの身体も全てが浅ましく愚かで汚らわしい…!! 「君には、替え玉としての役目が終わった今、こうする事位しか価値が無いだろう?」  “こうする”こと、の、価値、とは、 な ん だ  「この、変態・・・ッ!!」 後孔を探られる指の感触に、吐き気さえ催しながら叫ぶと、 男は口端を吊り上げて手をそこから放し、その代わりに熱いモノが宛がわれる、感触。 悲鳴は、声にならなかった。 がっしりとこちらの腰を抑えて揺すられる律動に、初めて


その声が、


自分の目から涙が垂れ流れていることに気付く。 「いつまでそんな憎まれ口を叩いていられるかな?」 ぎ、ぎ、と耳元で音を立てるソファの軋みと一緒に、男の薄い笑いが聞こえた。 「ひ、ぁア・・・やめ・・・ッ!」 俺の喉から漏れる無意味な音に、男の声が混じる。 「君は、」 それは、全身の骨や筋肉や全ての悲鳴やけたたましく頭を掻き立てるアラートや五月蝿く軋むソファや最早垂れ流される俺の声やそんな実に憎々しい雑音たち


その音が、


の中を、 ゆっくりと、掻き分けて、 「所詮、人の手によって造られた人形でしかないんだよ。」 いきが、できない。 「人形は、主人の言うことを聞いていればいい。」 人形。反芻するその単語が何かを変える訳ではけしてない。しかし其れはけして変える事が出来ない確固とした事実である。


その感触が、


今こうしてこんな男にこんなものをこんなところに挿入られてこんなことを言われてこんなことを考えている俺が居ることも、確固とした、事実、だ。 だけど。俺は、 


その温度が、


お れ は 、  “ こ ん な こ と ”の 為 に 生 ま れ て き た の か ?


そのすべてが、

俺の中で破裂する。





そして、







この右手が、

その男を、


貫く、その、音。










「ああぁあああぁぁあああッ!!!!!」


部屋中に響いた悲痛な叫びに、
貳号機が、オリジナルが、愕然とした表情で固まっている。

研究員たちでさえも、驚いた顔でそれを見ていた。



「…はな、せ、離せ…ッ!や、嫌だぁああ!!」

「兄さ、…?」



何が起こったのかはわからないけれど、
壱号機の破裂しそうな程の脳神経の混乱は伝わるのか、
貳号機が呆然としたまま、彼を呼ぶ。


けれど、それすら聞こえないのか、壱号機は暴れ続けた。

そんな様子に、
扉を警護していた二人の人間も慌てて駆け寄り、
三人がかりで何とか壱号機を床に押さえつける。





「彼等を、離しなさい。」





静かに、
ただ静かに流れ落ちたオリジナルのその声に、

だが、この部屋のその空気の色が、
彼に引き込まれるようにして変わっていくのがわかった。



ぱち、と天井の蛍光灯が小さく呻く。



「そう言われて、大人しく離す馬鹿がどこに…―――」



言いながらオリジナルへと視線を向けた翠が、

一瞬の内に凍りつく。






「離せと、言っている。」






静かに、床を壁を天井を這うように、吐き出されたその音は、

確かにあのきれいな碧を宿した青年から流れたもので。



こちらの心臓にその剣を突き立てて、
そしてその心臓越しに聞こえてくるような、その音が、?



俺の脳内まで塗り替えるほどの殺気に満ち満ちた、
美しい
を、にさえ見える程に滾らせた視線を、


真っ直ぐに受けて、

彼が、大きく後退る。




「…殺せッ!」




彼の半ば悲鳴のような合図で、
やはりその気に圧されていた部下達も、
震える腕のまま銃を構えた。




しかし、

ゆらりと、青白く景色を歪ませたそれが、

彼の手の中に一気に収束され、爆発する。



バチィッ!!と鼓膜を揺るがした雷撃は、

その衝撃だけで銃を弾き飛ばし、
更に人間達の間を文字通り駆け抜けていった。



至近距離からの電気ショックに、
一瞬で気絶していった彼等を見下ろすオリジナルは、

先程の恐ろしい
その色を湛えたままだったが、


未だ静電気によって、揺らいでいる前髪から覗く、
その眉を、少し寄せていて。



俺が、そのせつない色から顔を背けようとした、
(実際身体は微塵も動かせていないのだけれど)


その瞬間。



入り口の扉が開き、
外を見張っていたらしき男が、床に転がされる。


そして、




「おや、」




いつか、夢で、それとも現で?、聞いた、

あの声
が、聞こえる。








「穏やかでは、ありませんね。」














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07,血痕