と、と軽い音を立てて、貳号機の側へと着地した參号機と、
呆然とこちらを見ている貳号機を睨み据えて。

私は、博士を背後に庇いながら、

いつでも追撃を放てるよう、油断なく剣を構えた。


「…お怪我は、」


見た所大きな外傷は見えなかったが、

強大な殺気を纏わせていた貳号機の気配が、霧散したのは、つい先程。

その
殺気が膨れ上がる度に、
恐ろしい
想像ばかりが働いて。


上がってしまった息を整えながらそう聞けば、
少しずれてしまった眼鏡を、ひょいと直しながら、
(風圧で動いてしまったようだった)
(そこまで計算出来なかった、)
私へと、少し笑って、手を振ってくれる。


「ありませんよ。」

「、よかっ、た…、」


言いながら深く空気を吐き出した肺に、
新たな空気を送り込むと、

私は、新たに増えた敵の気配に、
剣を構え直した。



「…居たぞ!」

「兄さん、カイ!!」



走り寄る壱号機とオリジナルの姿を認めて、
そして彼等が無事であることが分かったのか、
貳号機がその顔を、僅かに明るくさせる。


「貴方は…、」


駆け寄ったオリジナルのその視線が、
剣を構えた私を通って、
その後に立つ、博士へと向いた。



「こんにちは、カイ=キスク殿。ご機嫌は…宜しくないみたいですね。」



少し苦笑めいたその台詞に、
オリジナルの視線が鋭くなったが、
彼の声は揺らぐことは無い。

そして私の肩を軽く叩いて、
(私は、ゆっくりと剣を下ろした、)
一歩、前へ進み出ながら、ゆるりと言葉を続けた。



「それで、私有地へ不法侵入してまでの、ご用件は?」



伏せていたそれを、真っ直ぐに見開いて、
、ああ、にんげん、の、眼、とはこうも生気を宿した色で煌くのか、

はっきりと口を開く。



「貴方を、止めにきました。」



凛と彼を見据えたその眼は、
人の上に立つものの眼差しで、
揺らぐ事の、けして許されない、そんな
だった。



「もうこれ以上、アンドロイドを造り出すのは止めなさい。貴方は、」

「言われなくても、そのつもりですよ。」



彼が言葉を遮ってそう言うと、
オリジナルが、
そしてその後で、三体たちが、
驚いて目を見開いたのが見える。



「この子を最後に、製作は終了しました。
元々、四体のアンドロイドを作ることが目的でしたからね。」



その言葉に、
彼等が言葉を失ったのを見ながら、
彼が、その眼鏡のブリッジを押し上げる音が聞こえた。



「誰しも、自分の生きた証を、現世に残したいと思うでしょう?」



言いながら向けられた視線が、
窓の向こうの木々に止まった、小鳥に留まって、
けれどそれは、何処かほんの少し、遠くを見ているようで。


「私は、その方法が、他の人間と少し、違っていただけです。」


そう告げた彼の紫が、
ほんの少し伏せられて、地に落ちる。けれど、



「ふ、ざけないでよ!!」



沈黙を破ったのは、貳号機だった。
しかし、その中で渦巻くのは、先程の赤い憎悪では無く、
、戸惑い、と、混乱、と、すべてが綯い交ぜになった、感情だ。



「僕等のこと作るだけ作って、後は知らん顔でそのままで、…無責任にもほどがあるよッ!」



大きく腕を振って叫ばれたその声を、
真っ直ぐに見返す博士は、
何も言わない。



「あんたは何がしたかったの?僕らに何をさせたかったの?!…ねぇ、答えなよ!!」



彼の言葉は、恐らく正しいの、だろう。
だってそれは、少なからず私も抱いたことのある疑問だったからだ。

ああ、けれど、

ゆっくりと伏せられていったその紫が、

傷ついてしまったのがわかったから、


貳号機も、他号機も、
オリジナルも、

、私、も、
彼の思いを全て理解することなど、絶対に出来ない、のは、知っているのだけれど、

私は、思わずとも、その、博士と同じ色をした
を、睨み返した。




「私は、自分の望みを、貴方たちに託したかった…それだけ、です。」

「、望、み、?」




静かに問い返した壱号機に、
ほんの少し自嘲めいた笑いを返すと、

彼は、ゆっくりとオリジナルへ歩み寄る。



「私を捕らえに来たのでしょう?貴方が来たということは、上の方も動き始めているという事ですか。」



相変わらずあの人達のしつこさは筋金入りですねぇ、
そう続けさえする彼に、
オリジナルは、
真っ直ぐだったその表情を崩して、眉を寄せて口を開いた。



「分かっていながら、何故…、」



その言葉に、
彼は、僅かに肩を竦める。


「カイ=キスク殿は、私に、何をお望みで?」


暫し考え込むように彼を見つめていた碧が、
私の姿へと向けられて、
そうして再び、彼へと戻されて。





「肆号機を、…預からせて頂きます。」





その、言葉に、

息が止まった。





「彼等は意志を持ち、自立していますが、もしこの技術が流出してしまったら。
若しくは、先の一件のように操られでもしたら。」



静かに流れ続けるオリジナルの言葉に、
他号機たちが、それぞれ視線を落としていく。
、私の知らない、彼等の、記憶。



「彼等ほどの能力を持った存在は、争いの引き金となりかねません。」


…ギア、のように。



そう言って彼を見据えた
は、
鮮やかに、
だが恐ろしいほどの影を纏っていて、
それを見てしまっただけの、私までをも刺し殺す。


“ギア”と“人間”の戦争があった。


データでの情報しか無い私は、
彼のその恐ろしい碧の色など、知り得ない。

だけど、



「それでも、貴方は、彼を守りきれますか?」




そう問う、オリジナルに、私は剣を向ける。


例え私の、しらない、
記憶が、経験が、関係が、
全てが絡み合っているのだとしても、


あっては、ならない。

あっては、ならないんだ・・・!



ぎち、と柄を握り締めた私に、
だけれど彼は、再び私の肩を叩いて、口を開く。



「良かった。」



その言葉は私の脳内をぐるりと巡って、
それでも脳神経は、それを吸収出来なくて。




「貴方はやはり、“希望”だった。」




オリジナルへ向けられたその音に、
私は、小さく博士を呼んだのだけれど、


、かれ、は、なにを、いっている、ん だ、?


彼のその紫の視線は、私を見ることなく、
ただ、オリジナルへと言葉を続けていく。




「貴方の下に居れば、この子も安全ですね。」

「博士、何を言っ、て、」





あってはならない、

あってはならない、

わたしの、わたしの、この、せかい、が、うばわれて、しまう、なんて…、





「お前まで、」





其の視線は前へと向いたまま、
けれど其の言葉は、確かに私を突き刺して、抉る。







「お前まで、罪を贖う必要は無い。」







しって、います。

あなたがいつも、その覚悟、

私たちを造ったこと、
“命を創った”ことへの、罪を償うその覚悟、

をしていたこと、を。

そしてそれは、私が理解しきれない程に、
深く、大きなものである、ということも。





私は、
手の中の剣を霧散させて、
噤んだ口を、苦々しく開いた。



「…、最初、から、」

「うん?」



見慣れた石の床を踏みしめた自分の足と、
だらりと垂れた両腕を視界に入れながら、

けれど、今顔を上げたならば、
きっと彼はこちらを見ているんだろう、と何と無く分かったのだけれど、

そしてそれは、
けして先程のような、ものではなくて、
いつも私の頭をかき回していたような、
それであるに違いないのだ。
ぜったいに、見上げてはいけないと思った。

私は、ただ床を見つめながら、
声が震えるのが気付かれないように、と、言葉を続ける。



「まるで、最初からこのようになる事が、
分かっていたかのような態度を、取られるのですね。」



返されるのは、沈黙による肯定。



しっているのです。
こんなちいさいせかいでも、

貴方の、其れ、が、どんなに重い、ものであるのか。



ついに喉の震えは堪えられずに溢れて、
見っとも無く、私の身体を震わせる。



「、い、や、です、…博士、」



引き攣る声は掠れて消えて、
酷く酷く滑稽であっただろう、


 “人 形”が、 居場所 を、必死に求める、姿など・・・!






「、私、を、独り、にしない、でください…っ、」





そうして見上げた彼の眼は、
大きく見開かれ、

ああでもそれ以上は、歪んだこの眼が、見る事を許してくれなかった。



けれど、頭に回された手が、いつものように髪を撫で、
そうして、そっと背を叩いてくれたから、

私はただ、彼のシャツを掴んで、震える喉を必死に止めようとした。



喉の奥が、眼の奥が、
痛い程に疼いて、酷く熱されて、
小さな呼吸さえ、上手く、出来ない、

じんわりと瞼に触れる、この、液体、は、な ん だ 、
私はきっと壊れているに違いない。



「…言い忘れていました。」



静かに聞こえるその音は、
オリジナルのそれで。


「貴方に一つ、約束して頂きたいことがあります。」

「約束?」


彼の手が止まって、私も僅かに顔をあげると、
オリジナルは、
伏せていたその視線をあげて、
ゆっくりと、笑んだ。



「定期的に、彼等のメンテナンスを、行って下さい。」



呆然とする博士に、
彼は、少しだけ笑ってみせると、
再びその眼を伏せ、穏やかな声で続けるのだ。


「貴方の予想を裏切るようですが、今日の私は公務でここを訪れたわけではありません。」


…それに“貴方にはもう関わるな”という命令もされていますので。
しれっと言ってみせた彼の、この色、こそが、

彼自身の、その、
、なんだろう。



「私が、貴方を逮捕する理由は、無いのですよ。」



そう言って締められたその言葉に、
博士は、ただ愕然と彼を見ていて、

壱号機が、嬉しそうに彼の名を呼んで。
その後ろに居た貳号機も、
異論は無いとでも言うように、腕を組み直した。
(けれどけして視線はこちらへ向けなかった。)


「彼等の“親”として、最後まで責任は持って下さい。」

「…甘い、ですね。」


何処か、自嘲めいた苦笑さえ含ませながらそう言って、

けれど、
彼はゆっくりとその紫を伏せてしまうと、

もう一度私に腕を回して、
しっかりと引き寄せた。


「、博士?」

「私は、駄目な男だな、」


他人に言われて気が付くだなんて、
と耳に落とされたそれに、
私が何か聞き返すよりも早く、彼は、ほんの少し顔をあげて、
やはり、私の髪を梳いた。



「お前達に、私と同じ想いを、させようとしていた。」



すまない、と。

私の耳に、
そしてきっと、私の、兄、たちへも、
向けられたそれに、
私はただ、このあたたかい、ひと、へと、腕を回した。


「私の為を思って、離れる事を勧めたのですよね。」


言って、
やはり返ってきた沈黙に、私は頷くと、

ゆっくりと腕を解いて、正面から、彼を見る。



「離れるのは、辛いですけど、貴方の足枷になるのは嫌だから。」



、巣立ち、なのだと、思った。

“子供”では彼を護ることは出来ない現にこうして私はまた彼に護られてしまっている。

だから。



喉はもう、震えなかった。



「また、会えるんですよね?」

「…ああ。」



しっかりと、頷いてくれた彼の紫が、
その穏やかな
のまま、私たちへを見ていてくれた、
オリジナルの方へと向いて。


「約束、していただけますか?」


再度そう問われた言葉に、
彼は、真っ直ぐに返事を返すと、


そっと、オリジナルへと、

頭を下げた。



「息子たちを、宜しくお願いします。」


































それから、



彼は、
念の為、警察機構の目が届かない場所へ居住地を移し、
居住地が決まったら、必ず連絡することを約束した。


そして…。




「おーい、ヨン!」



軽く肩を叩いてそう呼んだはじめさんに、
怪訝な顔で振り向いた彼は、
銀髪から覗く
金の目を、何度か瞬かせて口を開く。


「…それは、私の呼称ですか?」

「そ!」


大きく頷いた彼は、
ちなみに、と呟くと、その親指を自身へと向けて、
何処か得意げな顔で、続けた。


「俺は初代機だから、はじめ。貳号が二郎で、參号が三郎な。」

「…なんて安易な。」

「だって太郎は、ちょっと嫌だろ?」

「いえ、別にそのような点を追求している訳では…、」

「まさか、“ヨン”より“四郎”のが良いのか?」

「………。」


お前が良いなら、変えるぞ、と本気でそう問うはじめさんに、
呆然としている彼を他所に、

森への道を、ふらふらと蛇行し始めた三郎さんの腕を引いて、
歩きながら寝ない!、と言いながら、
私の方へと歩かせる、二郎さん。






こうして。






我が家にまた、

家族が増えました。















→next.



10,望まれざるもの