「………ミスった。」



呟いてみるも、それは人通りの無い生温い色をした白い廊下に吸い込まれただけだった。

自分のせいで、かわいい弟分に怪我をさせてしまったというのに、
見舞いの花も持たずに挨拶してしまったのはつい先刻。

…大丈夫ですから!と何故か必死に訴えるツナに追い出されるように病院を出たが、
車道を挟んだ向かい側にこじんまりと開いた、小さな花屋が目に入って。

「一時間だけだぜ、ボス。」

溜息混じりにそう言ってくれたロマーリオに頷いて、俺は花屋へ走った………訳だが。



何故か病院が入り組んでいて、
さっきはすぐに辿り着けたはずのツナの病室が、探せど探せど見つからない。

途中擦れ違う看護婦を捕まえては部屋を尋ねるのだが、
教えられたルートを辿っているはずなのに、全然違う場所に出てしまうのだ。


息を切らしながら時計を見れば、
無機質なデジタル数字達が、正確にリミットへと近付いていくし。
(『※最新鋭の衛星電波時計は、時差も時間のミスも有りません。』)
(こんな時ばっかり…!)


ついには、
なんだか部屋にさえ人気の無い通路に出てしまって、
道を尋ねる事にさえ途方に暮れた俺は、盛大に溜息を吐いた。


項垂れた俺と一緒になって、
まるで雪を待つように咲く花なのだと教えてもらった美しい白い花束が、
元々控えめに顔を上げて咲かせていたその花房を、更に俯かせて揺れる。


「…どーすっかなあ…、」


苦笑交じりに呟くが、
この調子だと、そろそろ今度は出口を探し始めなければ、時間に間に合わないだろう。

何か侘びの見舞い品は、今度改めて家へでも贈らせて貰おうと思い、
来た道を引き返そうとした、その時だった。



ふうと、ひやりとした空気が首を撫でて、反射的に俺は息を止める。



それは唯の寒気などではなく、
心臓をチリチリと撫で上げるような、緊張感。


殺気。
他人を排除しようとする、強い想い。


それが一番、この空気の名に相応しいものだと思った。
俺は、知らず乾いていた唇を舌で濡らしながら、
右手で胸ポケットに捻じ込んであった銃に触れる。


しかし、その余りにも強い気配をよくよく探れば、
それは一瞬のことで、最早弱々しく掠れていて、
すぐに、院内の薬品の臭いに掻き消されていった。


消え失せてゆくそれを追うように視線を巡らせれば、
すぐ先の部屋のドアを縁取るように、廊下に光の線が差している。

その細い針のような線は、今にも折れそうに見えた。
俺は、銃から指を離し、だが警戒は解かずに足を進める。

部屋のプレートに、名は無い。

俺は、慣れてしまった空気の残り香に溶け込むように気配を消して、
ゆっくりその扉へと身を寄せた。


予想に反して、
扉に鍵は掛かっていなかった。

薄く開いた扉から、そっと中を覗き見る。


ぽたり、ぽたり、

点滴が落ちる音さえ響くその部屋は、個室にしては広く、
だが、使い込まれている病室にしては、あまりにも白かった。



その中に、唯一有ると断定出来るようなベッドの上には、

点滴のチューブに繋がれた、少年が一人。



歳の頃は、ツナより…いくつか上だろうか。(否、そんなに違わねぇか。)

一体どうやったら生えてくるのかと、
自分には不思議に思う美しい黒髪が、白い枕に散って、よく映える。

上等そうな黒のパジャマが布団から覗いていたが、
それに包まれた首元や、黒髪を纏わり付かせた肌は恐ろしく白く、
この部屋の中では、まるで髪と服だけを残して、ベッドに融けていってしまったかのようだった。


さきほど感じた殺気は、一体何だったのかと頭を掻きながら部屋を見回す。


ドアの近くにあったデスクには、きちんと畳まれた学生服と鞄、
一冊の文庫本(“芥川”…セリガワ?…漢字はまだ詳しくねえんだよな…。)が、
浮いたようにおかれていた。

彼の私物と思われるものは、それだけだった。


酷く、寒い部屋だと、思った。














※標的29:入院より。妄想の果てに。