「…、ぼくが、きったんだよ、じゃまだから…、」


焦点が定まらないながらも、
その瞳が、俺、という部外者/他人/侵入者=敵、を探ろうとしている事がわかって、
俺は、先程の一瞬の殺気にも似た空気が、
じわじわと部屋を這い回っているのを感じた。

そして、
その殺気という霞みが首に絡み付いていく事を赦しながら、唐突に理解する。


少年に報復しようとしている人間などいない。
少年を殺そうと企てている人間などいない。
少年の、無事を願い、見舞う人間、など…。

いない、いない、いない。


、“だれも”、いないのだ。




「ここでなにしてるの?」



掠れた声は、
不思議に柔らかな白い陰をもっていて、雲のように部屋を漂うけれど、
その白は、明らかに拒絶の色を示していた。

俺は余りにも強いその色に、一瞬言葉を飲み込んでしまって、
忘れかけていた細い花束を、労わるように撫でる。


「いや、見舞いに…、」

「みえすいたうそはやめて。」


ぴしゃりとした声は、
意識が覚醒しきっていないようだったのに、はっきりと響いた。




「くるわけない。そんなもの、くるわけないのしってるでしょ。」




まるで、自分に危害を加えようとしているのに、
そんな事も調べていないのかと言うような口調だ。

それは、この空間に、自分に敵意を持つ人間しか来ないと確信している。


…病院は、ボスが狙われ易い場所のひとつだ。


先程、弟分にそう教えたのは自分だった。自分だったのに。


その唇が、次の瞬間には、さっさと殺せ、とでも言いそうで。
(こんなこどもが、そんなことを、悟ってしまって、良いはずなんて無いんだ!)

俺は、静かに息を吸う。


「じゃあ、今決めた。俺は、おまえの見舞いに来たんだ。」


、ぴたり、点滴が垂れたことで、
思い出したかのように、黒いめが瞬いた。

薄く笑おうとして歪んだ唇が、…なにそれ、と震えたのが聞こえる。


俺は、笑った。



「花、コレ、綺麗だろ。」



細い花束だったが、差し出すと、ふうわりと温かい匂いが香る。
名の通り、雪の雫のような、やわらかい花房が、
彼を元気付けるように、ゆるりと揺れた。

その一面を黒く染め上げた眼に、白く柔らかな花房が降り積もるように映り込んでいるのが見えて、俺は満足する。

えーっと、花瓶花瓶…、と探し始める俺に、ふう、と息の音が聞こえた。
ほんの少し、笑ったような、落ち着いたような、…そんな音だった。




「…おかしなひと。」




その囁きは、あっという間に部屋に溶けて、
すぐに、規則正しい寝息へと変わっていった。

薬も効いてきたのだろう。呼吸も落ち着いている。

俺は、ホッとしながら、
棚の中で見つけた花瓶を洗って、花と水を差した。
薄く埃まみれだったそれは、
見違えたように生き生きと硝子を煌かせ、花をより一層引き立てる。

その美しさに俺はこっそりと頷いて、
少年が目覚めたら、一番に目に入るようにと、
窓際の真ん中に、白い甘やかな花房をそっと置いた。


「ゆっくり休めよ。」


そう言った瞬間、
…ロマーリオからの呼び出しだろう、ケータイが急かすように震え始める。

俺は、少年が深く眠りついた事をもう一度だけ確認して、
彼が早くよくなるよう願いながら、起こさないように、そっと、扉を閉めた。